『目』を持つ者
いつだったかラボラスがふと尋ねた事がある。「あんたは、いつからそうだったんだい」
アンドレアはそれに笑って答えた。「私は初めからこうでしたよ。何なら、生まれた時から」
彼は自分一人だけの部屋で、いそいそと
彼の意識は常に目と共にあった。目を覚ました彼はまず己に問うた。
私は何だ? ここは何処だ?
何百もの碧い目は一斉に辺りを見回し、その答えを弾き出した。
して、と彼は次の疑問を巡らせた。自分の周りの瓶詰めどもは何故目が二つしかないのか?
目はそれらを注視し答えた。彼らの目が足りないのではない。私が多すぎるのだ。正常なのは彼らの方、私は奇形児である。
彼はそれも受容した。成程。幾つも候補を拵えるのはその為か。私のような
ならば――と、彼は思った。
生き残るのは私が良かろう。未だ目も開けられぬ連中に、この私が劣る道理はない。他の者が聞けば何たる傲慢と嘲笑うか憤るであろう。しかしその本質は死にたくないという恐怖だった。死への畏れが彼に
彼は目を凝らしながら思索に耽った。瓶から出た後、如何にして競争相手を蹴落とし生きる権利を掴み取るか。その姿は傍から見れば他の候補たる肉塊と同じに見えた。目はこの時まだ彼のみが認識出来る代物だった故。
窮屈な瓶から出された彼は簡素な衣服を当時の
辺りを見回す。他の連中はぼんやりした顔で意味のない呻きを上げたりのろのろと這っている。そこに意識らしいものは片鱗さえ見出せなかった。彼は部屋の隅に角ばった蓋がある事に気付いた。目はそこに高温を認めた。生まれたての
蓋の取っ手は思っていたよりも容易く動いた。中で猛る炎は束の間彼を魅了した。光と熱を具えたその美しさ。もっとそれを見たいと思った。もっと大きく、全てを呑み込む程に巨大な炎を夢想した。しかしそこにあるのは彼の理想よりも遥かにちっぽけな火であり、それ故に彼はすぐに目的を思い出した。子は熱を感じないはずはないのだが、火にくべられても無反応だった。たちまち燃える舌がその子の全身を嘗め回し、灰燼へと帰した。
彼は何かとても強いものが自分の脳髄から溢れるのを感じた。他の子を炉に押し込めばもっとそれを感じる事が出来ると目が算出した。その通りにした。都合六人――つまり彼以外全員――を焚殺して、彼はその正体に辿り着いた。楽しい。生まれて初めて味わうその感覚は柑橘類のような爽やかさと甘さに満ちていた。もっとも、彼は柑橘類など食べた事がなかったが。それはじっくりと紐解いていけば、生存競争における敵対者がいなくなった歓喜を孕んでいたのだろうが、ともあれ彼はその行為を楽しいと思った。それが全ての始まりだった。
さて、次なる問題は見回りに来た
食事を運んで来た管理官は広い部屋に一人しかいなくなっているのを見て目を丸くした。まだ立つ事も飛ぶ事も出来ない未成熟な
「ああ……そう、ね――それはそうね」鸚鵡返しに先代のラボラスは肯定した。成程この目にはこんな機能もあるのかと彼は学習した。魔力を持った目、即ち魔眼。それが私の目なのだ。
「でも、その目は隠さなきゃ。目立ち過ぎる」魔眼の虜になったラボラスは最早恐れるに足る相手ではなかった。欺瞞によって彼は覆われ、守られた。曰く、この子はたいへん優秀で次代のアンドレアに相応しい、と。
やがて成長した彼は自分の肉体提供者、即ち先代のアンドレアに引き合わせられた。彼は習った通りの完璧に優雅な仕草で一揖した。「初めまして、
「うん、良いんじゃないか。実に美しい。次の器には最適だ」余分な目は伏せていた為に悟られる事はなかった。顔にある方の双眸を細めながら彼は
監督官の執務室には様々な道具を詰め込んだ棚があった。先代が目を離した隙に、その中から一つの輪を手に取った。魂を世界から孤立させる術式を組み立てたもの、
それを邪魔者の後頭部目掛けて振りかぶった。
かくして、魂持たぬアンドレアは安楽な地位を得た。
一旦口述筆機を止め、アンドレアは棚に歩み寄った。仰々しい鍵穴のある引き出しは、しかし壊れて久しいものだった。中には球形の結晶が一つ。
結晶の中で、閉じ込められた
「こんにちは、
「私はかつて、魂とは何処にあるのか考えていた事がありました。その時は恐らく頭蓋にあるのだろうと仮説を立てました。それが正しかった事を理解した時の喜びを想像出来ますか?
「貴方が何を言いたいのか、全然分かりません。だって、貴方と私は別の存在。私は貴方の継承を拒絶した身なのですから」
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