大虐殺
ヴァンダルム将軍は議会の座席の最前列に座っていた。提案すべき案件は幾つもある、
思索に耽る彼は周囲の様子に気付くのがやや遅れた。
隣に座る妻――第七師団長ディナ、彼女もまた武人である――が肩を揺するので将軍は我に返った。
「我らは『
将軍は憤然と立ち上がった。その肩書は伊達ではない。下賤の輩を排する事こそ己が使命と断じて、握り拳で魔人に挑もうとした。
だが、突然出入り口の方から物音がしてその挑戦は中断された。そちらに目を遣れば、一人の若い
ゆらり、と『それ』と視線が交わる。怒りの極致のような、それでいて歓喜を帯びているような叫びを『それ』は上げた。
脳髄が無意識下で抑制している身体能力の限界――それは勿論、自壊を防ぐ為のもの――を、『それ』は容易く飛び越え、文字通り一跳びで将軍に迫った。
ヴァンダルム将軍は最期に、『それ』がやけに若い頃の自分と似た顔立ちである事を疑問に思ったが、答えは出なかった。
男の方の喉笛に噛み付き、顎の力に任せてそのまま噛み潰した。噴き出した鮮血を顔に浴びてもなお
崩れ落ちる男を見て金切り声を上げる女が目に入った。鉤のように強張った手を突き出し、その顔面を抉った。それでもうるさい声が止まないので赤黒い塊になった顔に空いた大きな穴、即ち
逃げようとしていた天使の頭部を殴りつけた。勢いが強すぎて首が千切れ宙を舞った。
どいつもこいつも、腰が抜けたようにその場から動かなくなった。檀上に陣取っていた魔人の男が剣を振りかざして襲い掛かったが、その胸を拳で打つと壁まで飛んで動かなくなった。
彼は震え上がる『
ノーアが殺戮を免れたのは全くの幸運と言えるだろう。壁際に立ち、密着するような近さで他の陽動部隊のメンバーが並んでいた為だ。ノーアは武器を持っていなかった。火を熾す力があるからと節約されたのだ。漠然とした不安を拭う事が出来ずに集団の中で足を動かしていると、議場の裏口から見知った
エル=アセムだったものはノーアの生死をいちいち確かめる事はなかった。床に穴が開く程の膂力で飛び跳ね、議場に向かっていく。ノーアは助かった事に安堵しかけて、別の脅威に気付いた。あの中にはレアがいる。
死体を押しのけて立ち上がった。場内には逃げ場がない、レアが単独でそこから脱出出来るとはとても思えない。
怪物を追いかけて議場に駆け込んだ。そこは
恋する者の目は、有象無象の中から
「レア! レア! こっちだ、こっちに来るんだ!」椅子も机もお構いなし、ノーアが駆け上って手を差し出すとレアがこちらを見た。刹那の迷いを見せた後に、彼女はノーアの手を取った。ノーアはその体を引っ張って抱きかかえるような格好になり、来た道ならぬ道を下った。
「あっ、待てこら!
議席に座っていた面々がノーアにつられて我も我もと出入り口に殺到し、エル=アセムはそれらを追う羽目になった。苛立たしげに咆哮し、一番手近にいた犠牲者の頭を叩き潰す。『解放軍』と『
「ノーア、ねえノーア」レアが恐怖に潤んだ目で見つめていた。「何処に行くの」
「……取り合えず、おれの部屋に行こう。ここにいちゃ駄目だ」
初めて腕に抱くレアは驚く程軽い。だがその感慨を味わっている余裕はなかった。二人は正門から逃げ出した。
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