恨み募る竜
その日の朝はいつもと違った。アンドレア
「ねえエル=アセム、今日は一緒に出掛けましょうか」
「ええー、仕事はいいんですか?」
「何を言いますか。一番大切な仕事をしに行くんですよ」せんせーはいつもと同じ、やさしい笑顔だった。
何か持ち物は要るかと訊いたけど、せんせーは首を横に振った。
「でも、仕事ってどんな事するんですか?」オレは訊いてみた。何も持たずにどこかに出掛けるなんて、今までにない事だ。それは物覚えの悪いオレでも気付けた。
「悪い事をするのです。きっと、君も楽しいですよ」せんせーはいつもやるみたいに片目をつぶった。
道を歩いて行くと、大きくて立派な建物が見えてきた。オレは立派なものが好きじゃない。『出来損ない』の自分が更に惨めに思えてくるから。せんせーはいつも「気にするな」って言ってくれるけど……。
せんせーは建物から少し離れた所で足を止めて振り返った。「エル=アセム、君は今までたいへんよく頑張りました」
「えっ、どうしたんですか。急にそんな改まっちゃって」
「自分の所為ではないのに両親に捨てられ、拾われた先で頑張ろうとしてもなかなか覚えられなくて。さぞ苦しかった事でしょう、零れて行く記憶をどうする事も出来ずに落としていく人生は。自分の
「何を言って――」
「でも、もう大丈夫。君の苦しみは今日を限りに、すっきり全部終わります。私の目を見なさい」せんせーがオレをじっと見る、いやそれだけじゃない、せんせーの周りに青い目が数えきれないくらい浮かんで、みんなオレを見ている。何処か奥深くで『早く逃げろ取り返しがつかなくなる』と警告が聞こえた、でも動けなかった。たくさんの目に見つめられて目が逸らせない、体が動かない。
「
ああそうだオレは本当はずっとずっと羨ましかった妬ましかった恨めしかったんだせんせーが自由に飛べる
オレは
「さあ、ほら」目の前の翼を持ったヤツが何か言っている/誰だったっけ/もう思い出せない/どうでもいいそんな事――「あの建物の中に、君のご両親がちょうど来ていますよ」そう言って大きな建物を指した/あそこにやつらがいる/ならやる事は一つしかない/
かつて見た事が無いくらい獰猛な顔つきになったエル=アセムが議場目掛けて驀進するのをアンドレアは笑顔で見送った。距離があっても分かる程、喧噪に溢れた場へ。
騒ぎが鎮まった頃を見計らって、彼もまた議場の出入り口に向かった。翼をはためかし、軽やかに宙を舞いながら。
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