決起集会

 アイズベルクは空き倉庫に集まった三百人程のを見回した。うち七割強がアンドレアの手引きで中央セントラルに召喚された魔人ディアーブルだ。程度の差こそあれ、誰もが緊張した面持ちでこちらを見つめている。今夜は議会開催前夜、決起集会を挙行すると通達していたためだ。皆が自分アイズベルクの一挙手一投足に注視している。緊張していないと言えば嘘になる、痛いくらいに脈打つ心臓が喉から飛び出そうな錯覚、それを押し留めて顔面は平静を装う。廃材を組み上げた檀上で、彼女は大きく息を吸い、吐き出した。



 皆さん、今日という日に集まってくれてありがとうございます。私達は明日、議会に『突撃』し、これを占拠します。しかし、これを終わりゴールとは思わないでください。そこは始まりスタートなのですから。

 私は、辺境の農夫の家に生まれました。誇張抜きに、生活水準はこの国で最底辺でした。私の家だけではありません。周囲の誰もが貧困に喘いでいたのです。痩せた土地で必死に作物を育てても半数は実らず、家畜は皆病んでいても治療さえ出来ませんでした。今からちょうど千日前、私は『啓示オラークル』を受けました。暖を取るために熾していた火が、神々しく美しい形に一時変容し、中央セントラルへ赴いてこの世界を止揚せよ、と示してくださったのです。私は啓示を齎したのは、この地に元から住まう精霊ドゥフ・ウミェールシフであったと確信しています。皆さんもご存じの通り、天族セレスティア達は本来エルフや魔人の知恵であった術式を不当に簒奪し、独占し、自分達の利益の為だけに使い倒しています。その知恵を授けた精霊達への敬意もなしに!

 題目スローガンは「戦争は平和なり」と説きます。その意味する所を教えずに。敵は新天地フロンティア蛮族ディースコチ、あるいは救い難いと彼らが評する魔人達。しかし、これは欺瞞でしかないのです。消費物資の余剰を使い果たし、市井の人々から現在の社会構造に疑問を持つ余裕を奪う。自己充足的な世界を維持し、平和ボケした頭に冷や水を浴びせられる事を免れる為に、敵を用意しているに過ぎない。これこそが「戦争は平和なり」という言葉の真の意味である――というのは以前に話しましたね。私達はこの題目の逆、「平和は戦争なり」という状況を奴らに突き付けてやるのです。真の平和は闘争の果てにしか生まれないのだ、と。

 時として忍耐は美徳と称えられるでしょう。しかし、そうでない時もあります。それが今。異常に静止し停滞した時代を、私達で打ち砕きましょう。

 今日こんにち、全ての種族がお互いを蔑みあっています。エルフは『非力な夢想家』、獣人は『肉体労働しか能のない野蛮人』、魔人は『遍く邪悪の根源、とにかく何もかもが劣った連中』といった具合に。この分断もまた、天族セレスティアが企んだ策の一つです。団結の可能性を潰す、それだけの為の策。しかし翻って考えれば、彼らは私達の団結を恐れているという事。何故か? 彼ら《セレスティア》は全人口の二割しかいません。他の種族が揃って手を組めば倒されてしまうと理解しているのです。特定の種族を追い詰めて絶滅させる事は不可能です。真の政治とは、対立を超えて大義を果たす事です。私達になら、それが可能です!

 私は『啓示』を受けてから、一昼夜とて休んだ事はありません。これからも立ち止まるつもりはない。この地にすばらしい新世界Brave new worldを作り上げるその日まで!

 自由スヴァボーダ幸福スチャースチエは断じて空から降っては来ない! それらは不断の努力によってのみ生まれ来るのです!己の未来ブードゥシチェーを他の誰の手にも委ねてはならない!何故ならそれは、私達にのみ属するものだからだ! 恥ずべき過去と、輝かしい未来とを並べ、それらを止揚する、その為ならどんな壁でも踏み越えよう!





 場内は拍手と喝采が溢れた。音が外に漏れるのもお構いなし――もっとも、終業時間をとっくに過ぎているので周りに第三者がいるはずもないのだが。

 アイズベルクは大きく息を吐いた。平静は破られ、言葉を続けるうちに緊張は興奮に変わっていった。傍らに立つアンドレアが微笑みながら拍手していた。

素晴らしいブラボー。とても良い演説でしたよ」

「いいえ、まだこれからです。これから、始まるんです」アイズベルクは汗を拭いながら答えたが、高揚は抑え難いものになっていた。

「大丈夫、きっと何もかも上手く行きます」物陰から現れた人物が言った。真っ白い翼、アンドレアのものとよく似た衣服。懐かしい顔。アイズベルクの故郷・第六十四区の監督官セニャール、リオンだった。

「リオン先生……!」アイズベルクは目頭が熱くなるのを感じた。中央セントラルへの進入を手助けしてくれた、アンドレアに話を通しておいてくれた――何より、自分を最初に受け入れてくれた恩師。

「アンドレア氏から決起集会の予定を聞いて、あなたの雄姿をどうしても見ておきたくなりましてね。仕事を片付けて、どうにか間に合わせる事が出来ました」

「先生……。言ってくだされば、時間を遅らせるくらい――」

「いえ、そんな事をしてはいけません。あなたはもう一個の人間ではなく、社会に奉仕する使命を負った存在です。私の都合で時間を融通させては、皆に示しがつかないでしょう」

「ああ、そうでした。ありがとうございます、先生。私はまだまだ学ばねばなりませんね」

「大丈夫、慌てる事はありません。ゆっくりでも確実に身につけていく事が肝要です――」

 師弟の再会を、アンドレアは目を細めて眺めていた。造り物ではない、本当に心から楽しそうな笑顔で。

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