無二の王
仕事に掛ける出力を二倍にしたとしても、成果はせいぜい二割り増し程度である。エリヤはそれを痛感した。
『
現場からなくなったものがあった。
『
天使の住まう家屋に必ずあるというその標語が現場からは悉く消されていた。
エリヤは槌を振るいながら考える。NOMOLOS、ノーモロース? 何かが
その日の仕事はそこで切り上げる事にした。カバンを置いて車庫を出る。
「
件の人物は言外に「どうせ
子供向けであるからか、内容は平易な言葉で構成されていた。
曰く、「私達
さらに読み進める――今度は他の種族についての記述らしい。「
エリヤは次のページに「
「楽しいでしょう? 新しい事を知るのは」エリヤは二重の理由で総毛だった。一つはエルフを食用にするという記述に、もう一つは何の前触れもなく掛けられた背後からの声に。
振り向くと
「何処から湧いて出た」仮に翼を用いて飛んで来たとしても扉の開閉音を聞き逃すはずはない。
「虫じゃあるまいし、普通に玄関から入って来たんですよ」アンドレアは笑顔のまま小首を傾げて見せた。その顔を見てもエリヤの警戒は緩まない。
「日中は忙しいんじゃなかったのか」
「貴方は私の力量を見誤っているようだ。配分を調整すれば、時間なんていくらでも作れるんですよ」
「何の用だ」
「ここは図書館です。本を読みに――と言いたい所ですが、貴方に会いに。そろそろ私に訊きたい事があるんじゃないかと思いましてね」
「訊きたい事……」目の前の人間は権力と反逆心を併せ持つ。エリヤよりも多くの事を知っているだろう。何を尋ねるべきか逡巡した後に彼は口を開いた。「ここに書いてある事は本当なのか。エルフを食用にしてる、ってのは」
「勿論本当ですとも。わざわざそんな嘘を子供に教えても仕方ないでしょう? 家畜は草食と相場が決まっていますから。我々は長い時間を掛けて刷り込みを行い、
「もういい」エリヤは目の前の美丈夫が怪物に見えてきた。「『無二の王』について知りたい。どこの棚を見ればいい」
「その事ですか。残念ですがかのお方について記したものはお手元のその教本くらいです。後半まで読めば分かるでしょうが、『
エリヤを名状しがたい恐怖が襲った。あらゆる時間と空間を睥睨? そんな絶大な存在がいるなんて想像さえした事はなかった。自分はとんでもない領域に踏み込んでしまったのではないか。地面が足元から崩れていく錯覚。手にあった本を目の前の
入れ違いに一人の天使とすれ違った事には気付かなかった。
長い巻き毛が背まで届くそれはどちらかと言うと女性的だった。彼女は不思議そうな顔をしてアンドレアの下へ歩み寄った。
「何、あれ。随分慌ててたみたいだけど」
「御機嫌よう、同志ラボラス。犬が尻尾を巻いて逃げて行っただけです、気にする事はありませんよ」
「ああそう」ラボラスと呼ばれた彼女の笑顔が抜け落ちた。本来の気怠い表情がそこに現れた。「あんたがここにいるって、
「私は
「本気で言ってんの、それ」
「本心からの言葉ですとも。しかし少々予想が外れました。『お前は一連の天使殺人事件の真相を知っているのか』と訊いて欲しかったのですがね」
「あんたが犯人だろう、この悪食」ラボラスは顔色を変える事なくそう言った。
「何故やったか気になりますか?」アンドレアはそれを否定しない。
「知りたくもないね」
「趣味と実益を兼ねた事業。同族の肉を喰らい、
「空白の玉座に縛られていてはいけない! 偽りの安寧を打ち壊し、誰もが『自分が何者か』という問いの答えを求める世界! 破滅は地の底で蠢いている、剥くべき
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