最終話 「君に伝えたい言葉があるんだ」


翌日以降、グレンは子分に貰った言葉を胸に自分の本当にやりたいことについて

考えていた。


女性に対して抱くこの心残りは、果たして彼女に逢えば消滅するだろうか。


そしてそこに残ってカタチを変えたものが、子分の言う『愛』なるものなのか。


獣人狩りに遭って同胞を守る為に命を落とした立派な両親は、最期までその辺の

ことはグレンに教えてはくれなかった。



―――”その時”が来れば、お前にもわかる。



母の尻に敷かれ続けたグループのリーダーだった勇敢な父。



―――理屈じゃないもの。オオカミ族としての本能が教えてくれるわ。



そんな父を一目で射貫いてしまったという美しいだけでない母。



女性の『また会いに来る』という言葉を信じて待ち続けてしまったこの数年間。


表向きには関係無いと振っておいて何もしなかったのに、内面では今更になって

気になるなら何故手を尽くさなかったと自分を責めている。



彼女のあの軽装を見ただろう?


彼女のあの危機管理の無さを知っているだろう?



自身が動けないなら子分を使って居場所を把握しておくなど出来たはずだ。


リーダーの命令を不思議に思っても、それを拒絶するような彼らではないのだから。


今からだともう遅いかもしれない。


生きて旅を続けているのか、旅先で番に出会い幸せに暮らしているのか、はたまた

何かに巻き込まれて命を落としているのか、それすらもわからない。


それでも、間に合うかもしれない一縷の望みを懸けて。


グレンは今までのモヤモヤとした気持ちを払拭するように行動を開始した。


相談に乗ってもらった子分に意思を伝えれば喜んで後押ししてもらい、長期で村を

留守にするからには色々と準備が必要だった。



そして――グレンが村を発つ日の前の晩のこと。




「…兄貴!大変だっ!」


「どうした。また喧嘩したのか。」


「あーっと、それは昨日和解した…って、そうじゃないっす!見張りの一人が村の

外れで獣人狩りの野郎共を見つけて応戦してるって報告が!」


「なんだと…わかった。すぐに向かう。お前は万が一に備えて村の女子供を避難

させておけ。」


「了解っす。兄貴、気を付けてくだせえ!」



グレンは報告に戻って来た見張りの仲間に話を聞いて状況を把握し、数人の若い

腕の立つ子分を引き連れてオオカミの姿で颯爽と走る。


村からやや離れた南側で獣人狩りと仲間の見張りが争っている声が聞こえてきて

急いで向かえば、夜の闇に混じって見慣れない土壁に少しの疑問を抱く。



―――この広い雪原に、あんな壁はあっただろうか。



連れて来た子分たちに的確な指示を飛ばしながら夜闇に目を凝らし敵味方の動きを

判断して自分も獣人狩りに襲い掛かる。


一般的な大きさのオオカミに比べて一際大きな体躯を持つリーダー格が牙を剥けば

たいていの人間は恐怖を抱いて逃げて行く。


しかし油断ならないのもまた事実。


オオカミの利きすぎる臭覚はこうした戦闘において時に不利に回ることがある。


辺りに散乱した敵と味方の負った怪我から生じる血の酷い匂いが判断を鈍らせ次の

行動を起こす邪魔をする。



『―――ボス!危ない…!』



子分の声に咄嗟に振り向くが遅く、グレンの頭上を月の明かりで鈍く光るナイフが

見えた。


回避はできない。それならせめて急所を外せば。


やや無理な態勢になるが致し方ないと身体を捻り、やって来るだろう痛みに耐える

ため身構えるが。



「……っだめぇ!!」



聞き覚えのある、懐かしい声と共に瞬間的に現れた自分と敵との間を作る壁。


全く気付く事が無かったのに意識した途端に判った、風に乗って届く複数の血の匂い

に埋もれていた知っている匂い。


今すぐにそちらへ向かって確認したい。


あの時の女性だというのなら、言いたいことが沢山あるんだ。


そんな思いに駆られるもグレンは必死に抑え込み残りの敵を仲間と共に一掃する。


全てが終わって、軽傷で無事な子分たちに酷い怪我を負った仲間を村まで先に運ばせ

残りの子分には倒れた獣人狩りの処分を任せた。


指示を済ませてからなおもする知った匂いに意識を向けて、グレンは早足に女性の

元へと向かう。


女性は地面から飛び出していた土壁を引っ込めて元通りにしている最中で近寄った

グレンに気づかず、彼は対等に話をするべくヒト化した。


彼女が本当に待ち人だったとしても、あくまで冷静に対応できるように。


グレンの気配にようやく気づいたらしい女性もゆっくりと振り返り、そして驚いた

ような顔をしていた。



「…えっと……あなた、は…」



声も匂いも変わらない。見えた顔も、その華奢で軽装な恰好も何もかも。


あの時のまま――その女性はそこにいた。


彼女はあの時にした『約束』を覚えてくれていた。


また来たのかと冷静になりたいのに、久しぶりだと挨拶を交わすべきなのに。


グレンは自身の中で溢れる説明のつかない激情に翻弄されて女性を掻き抱く。



「きゃあ…っ…あ、あの…っ」



戸惑う女性の声が聞こえたけれど胸を締め付けるこの衝動は止まらない。


止めたくても、自分ではどうにも止められない。


そうして少しだけ落ち着いてくるまで、女性も何か察してくれたのか特にグレンへ

言及することはなくただ静かに彼を優しく抱き返した。



「待って…いたんだ。ずっと、ずっと…お前が来るのを。」



ぽつりぽつりと、本音を溢せば腕の中の女性は小さく頷く。



「あの時お前を追い出してしまったのが…。ずっと気になって、お前の言っていた

言葉も、忘れられなくて…」



合った視線は微かに熱を帯びて、見えた女性の表情も穏やかに笑っていた。


その変わらない笑顔に安心して言葉を重ねれば、彼女もそれに応えるように頷いたり

して反応を示してくれる。


再会してから感じる離し難いこの温かい気持ちがきっと『愛』なのだろう。


そう理解した途端に落ち着いた胸の内に、グレンの心は決まった。



「愛している。俺はお前が欲しい。俺と一緒に、生きてくれないか。」



正しい告白の仕方なんて知らない。


だから本当のことだけを堂々と言い切ろう。


そんなグレンの真剣さが伝わったのか、女性もその気持ちを返すように見上げて、

どこか恥ずかしそうに微笑みながら『はい。』と短く答えた。


受け入れてもらえた嬉しさにより一層強く抱きしめて頬擦りしながら、グレンは

ふと思う。



「…そういえば、お前の名前を聞いていなかった。」



言えば女性はふっと笑って幸せそうに言葉を返してくれる。



「私の名前は―――」


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たとえば、ひとつの物語が終わるときーⅡ 花陽炎 @seekbell

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