ACT.7

 その日は何事もなく終わった。


 次の日、俺達は午前6時きっかりにたたき起こされる。


 洗面、布団たたみ。清掃、洗面、それが済むと前庭に習合させられ、そこで1メートルほどの棒を渡され、棒術の訓練をやらされる。


 運動の経験がない人間にとっては、結構しんどいのかもしれないが、元自衛隊の俺にとってはなんてことはない。


 その後『講堂』という大広間に連れて行かれ、そこで『朝拝』という儀式がある。


 何だかよく分からないままにお祈りの文句を全員で唱和する。

 お祈りというのは、当たり前だが『おやぬしさま』とやらの『神言しんごん』である。

 くどいようだが、俺は無神論者だ。しかし宗教の意味位は理解している。

 普通、どんな宗教に限らず、『経文』とか『神の言葉』なんてものは、もっと格調高い響きに感じるものだ。

 だが、この『神言』なるものにはそれが感じられない。

 どこかで聞いたような文句が繰り返し出てきたからだ。

 思い出した。

 何ていうことはない。

 それは『軍人勅諭』と『教育勅語』と、それから『古事記』や『日本書紀』果ては『論語』や『聖書』までをごちゃまぜにして、それらの中から聞こえの良い文言を繋ぎ合わせているだけだ。


そう詳しいわけではないが、本は好きだから、教養の一部として知っているくらいだが、その俺でも簡単に理解出来たのだ。


 次第にあほらしさが増幅してきた。


 欠伸あくびがしたくなった。

 

 だが、後ろの方には角刈り頭の黒袴達がめだまをひんむいて睨みつけている。

『朝拝』とやらは約一時間続いた末、終わった。


 いささか足が痺れたが、どうにか我慢は出来た。


 それが済むと朝食だ。


 研修生全員がぞろぞろと施設内の食堂で摂る。


 一汁一菜かと覚悟していたが、どうやらそうでもない。


 流石に豪華版とはいかなかったが、みそ汁、漬物、ご飯、それにおかず(この日はさつま揚げだった)という具合で、味付けもそれほど悪くはなかった。


 食事を終えると一旦控え所に帰り、身支度を整えて筆記用具を持って、講堂とは別の『学習室』に連れて行かれ、そこで『講義』とやらを聞かされる。


 これがきっかり正午になるまで、休憩もなく続く。

 そして昼食、昼飯は毎日日替わりで、この日は煮込みうどんだった。


 食事が済むと1時間ほど控え所で休憩。敷地の外に出さえしなければ、寝転んでいようが、読書をしていようが、別に文句は言われない。

(もっとも他に娯楽はないのだから、それしかやることがないのだが)


 午後になるとまた講堂の中で『座談』といって、一グループ(つまりは控え所にいる八人)が円形になって、そこに講師(あの浅黄の袴を穿いた連中である)が加わって、合計九人で話し合いをするのだ。


 まず一人を真ん中に置き、真ん中の研修生が、これまでの自分の人生・・・・まあ、簡単に言えば自分がどんな過ちをしてきたか、自分の人生がどれほど悲惨なものだったか、そして何故ここに来たかを語らせて、みんなで『私はこうだった。だから貴方はこうした方がいい』とか『貴方の考えのここが間違っている』みたいなことを言い合う。

 七人から一通り言葉を浴びせられると、浅黄袴が猫撫で声で、

『貴方も苦しまれたんですね。でもここへ来られたならもう大丈夫ですよ。貴方は救われます』というのだ。

 すると、それまで委縮していた真ん中の人物が例外なく、

『私は間違っていた。これからはおやぬしさまの教えに従って生まれ変わろうと思う』と、半分泣きながら、妙に目を輝かせて語り始めるのだ。


(なるほど、これが”洗脳”なんだな)俺は心の中でそう思った。


『では次、いぬいさん、中に入って下さい』


 浅黄袴の講師が、俺の顔を見ながら声を掛ける。


 俺はのっそりと立ち上がり、車座の中央に胡坐をかく。


 如何にも面倒くさそうに。


 俺のその態度に、浅黄袴も、他の七人も、露骨に嫌悪感を浮かべた。


 





 


 

 


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