ACT.6

 建物は二階建てになっていて、それぞれ6つに分かれており、一部屋に八人ほどが入れられた。


 二泊三日の間、俺達研修生(入信が認められるまで、こう呼ばれるらしい)は、ここで寝起きするそうだ。


 縦長の畳敷きの部屋で、壁際には作り付けの安っぽい木製のロッカーが並んでいて、それぞれ好きなところに自分の荷物を入れて良いという。

 

 部屋の隅には布団が積み上げられていて、しかもそれがお世辞にもあまり清潔な感じがしないのが、妙に気になった。


 俺以外の七人は全員若い男から中高年以上のおっさんばかりで、非常に熱心そうに、何やら『神言』と書かれた本を読んでいるのもいるにはいたが、殆どは、


 『何だか分からずにここに来た』というような表情がありありと見て取れた。

 

 八人が八人、お互いに名乗りあうこともせず、妙な沈黙が支配している。


 そりゃそうだろう。


 別に遊びに来た訳じゃないんだからな。


 しばらくして、入り口の扉が開き、白衣に袴姿の男が三人入ってきた。


 背の低い青白い顔をした、浅黄色の袴を履き、総髪にした男。


 背が高く角刈りの、黒い袴を履いた屈強な男。


 そしてもう一人は、背の高い、七三に頭髪を分けた、白袴を履いた、気の弱そうな表情の痩せた男。


 間違いない。依頼人の息子の、小沢良助だ。

 総髪がこの棟の担当、白袴は助手だという。


『では皆さん、点呼を取ります』


 総髪男がホルダーに挟んだ用紙をめくり、一人一人の名前を読み上げると、榊田君が片手に下げていたケースを開け、そこから名札。袖なしの白い羽織、後は一冊の本を取り出して手渡して行った。


『研修が終わるまでの間は、その修行着の上に名札を必ず付けているように、どこへ行くときもです。それから・・・・・』


 彼は明らかに俺達研修生を見下しているような口調で、心得のようなものを告げた。

①食事と入浴は決まった時間に静粛に行う事。

②控えの間(この部屋)以外での私語は一切慎む事。

③特別な用のある時は、必ず係の者に断わってから外出する事。 無論外部との連絡も厳禁とする事。

(この時点で全員携帯もスマホも取り上げられた。)

④娯楽は一切禁ずる。読書に限ってはこの限りに非ず。但しこちらが定めた本のみにする事。

⑤禁酒、禁煙は厳格に守る事。

⑥敷地内にある自販機で飲料を買うのは構わないが、間食は禁止とする事。


 これだけを言うと、彼はファイルをわざと大きな音を立てて閉じる。


『では、通達事項はこれまで、何か質問は?』


 俺以外の七人は、全員戸惑ったように、互いに顔を見合わせている。


『質問がないようでしたら、今日のところはこれまでと致します。午後六時三十分に夕食ですから、それまでは自由に過ごしてよろしい。以上』


 総髪男は俺達を見渡し、部屋を出て行こうとしたが、思い出したように立ち止まり、黒袴の角刈りを指して、


『貴方達の部屋・・・・つまりはこの壱号室は、この鬼頭が担当します。彼は常に表に立っていますから、何かありましたら彼にどうぞ。では、』


 そう言い添えると、白袴の小沢君を連れ、ドアを開けて外に出て行った。


 それから少し間を置いて黒袴の角刈り男が、腕を組み、鼻を鳴らして、

『じゃ、よろしく』

 と、サディスティックな笑みを口元に浮かべて外に出て行った。


 鍵こそ掛けられなかったが、俺達はこの部屋に閉じ込められた格好になったわけだ。

『どうなるんだろう?これから先』

 不安そうな顔をした若い男が言った。

『なあに、たった二泊三日だろう?大したことはないさ。全ては”おやぬしさま”の神言通りにすればいいのさ』

 さっき本を読んでいた年配の男性が何か確認するような調子で言ったが、彼とても不安なのは、明らかなようだ。


 あの総髪男の言った通りだった。


 トイレにでも行こうとドアを開ける。


 するとあの黒袴の角刈りが、パイプ椅子に座ってドアの横に陣取っていた。


『研修生〇〇、トイレに行きます』と、いちいち申告しなければならない。


(まるで自衛隊に入隊した時に似ているな)と、俺は苦笑してしまった。


 トイレから帰って、また元の『控えの間』に戻ろうとしていた時だ。


 50メートルほど離れた、庭を挟んだ別の渡り廊下の端で、浅黄袴の男達2人が、白袴の若者を詰問している。一人はあの総髪だった。


 いや、詰問なんて生易しいものじゃない。

 総髪が何やら手に持ったファイルを激しく振って、白袴に詰め寄る。

 白袴が後ろに下がると、もう一人の浅黄袴が、後ろから彼の背中を小突く。


 白袴が前のめりに倒れ、彼が手に持っていたケースをコンクリートの地面に落とす。

 浅黄袴はその背中に向かって、またも罵声を浴びせながら、足でけり上げる。


 白袴はうずくまったまま、肩で荒い息をしていた。


 白袴は当然、小沢良助君だ。


 

 


 




 


 



 

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