ACT.2

『息子さんはお幾つですか?』

『昨年大学に入学しましたから・・・・現在19歳です』


 俺はちょっと考えてから答えた。


『息子さんは自分の意思で行かれたんですか?』


 何でも、大学に入ったばかりの頃、入会したサークルの先輩に誘われて、一度見学に行って、すっかりのめり込み、そして入信してしまったのだそうだ。


 自分の住んでいたアパートも引き払い、バイトで貯めていた銀行預金も全部解約して、

『修行に入る』とだけ告げて・・・・。


 彼は息子(小沢良助と言う)の写真を見せてくれた。痩せていて背の高い、細い黒縁眼鏡をかけた、如何にも今時の学生の典型という風貌である。


『・・・・息子は、薬学部の二年生でして、将来は薬剤師免許を取って、家の後を継ぐと張り切っておりましたのに・・・・』蚊の鳴くような声で、母親がすすり上げる。


 俺はため息をついた。


 幾ら19歳だからといって、もういい加減大人である。


 彼にだって『信教の自由』ってのはある筈だ。


 それを無視してまで連れ戻すわけにもゆかんが・・・・しかしもし相手がカルトに類するものであれば、それなりに考える必要があるだろう。



『警察にも行きましたが”本人の意思で行ったのなら、何も出来ない”と言われてしまったのです。それで手塚警部に相談しましたら、貴方を紹介された次第でして、お金は幾らでも払います!何とかお願いできんでしょうか?』


 俺はコーヒーを飲み干し、シナモンスティックを咥えた。


『分かりました。お引き受けしましょう。ギャラは通常通り一日六万円、他に必要経費、危険手当が必要な場合は一日四万円の割増し料金を頂きます。仕事の進め方については私の好きなようにやらせて頂きます。他はこの契約書をお読み下さい。納得出来たらサインをお願い出来ますか?』


 仕事に入る前に、俺は小沢氏の息子・・・・新一という・・・が入信したというその宗教、”神祇一心会しんぎいっしんかい”について調べてみた。


 東京都に宗教法人登録したのは、それほど古くはない。

 元々は明治時代に創立された、別の神道系の宗教に属していたのだが、前の大戦が終わってすぐのころに、分派をしたのだという。


 分派をしてからはずっと、信者の数も格別多くなく、ささやかに活動をしていたのだが、つい20年ほど前に創設者(”おやがみさま”と、信者は呼んでいるらしい)が亡くなり、彼の息子が二代目の教祖(”しんぬしさま”だという)を継いでから、急速に成長をし、今では全国で公称一万人ほどの信者を抱えるまでになったという。


 何でも二代目は先代以上にカリスマ的な魅力の持主だそうで、東大の工学部を優秀な成績で卒業した後、米国の某有名大学の大学院に入り、そこもまた優秀な成績で修了し、学位や博士号も数え切れぬほど取得。語学も英語の他4か国に通じ、そしてさらには神と対話出来る”唯一の能力を持った偉大なる存在”であるという。


 俺は神だろうと仏だろうと、キリストだろうと、基本的には信じていない。


 そんなものに頼るのは歳をとってからでも出来る。


 だからこの年になるまで、ごく形式的にしか宗教施設に出かけたことがないほどの不信心者である。


 従ってこの宗教について調べれば調べるほど、


”胡散臭いな”という思いが募って来たものである。




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