ACT.3

 最初俺はタウンページで調べた『本部』とやらへ、いきなり電話を掛けてみたが、随分と居丈高な中年男の声で、

”いきなりの入信はできない”とあっさり断られてしまった。


 胡散臭いカルト宗教にしてはガードが堅い。


”では、どうすれば?”と聞き返すと、

”パンフレットを送るから、住所を教えてくれ”と来る。


 仕方がない。俺は『ネグラ』の住所を教え、三日ほど待っていると、向こうから贈られてきた。


 中には教義だの、教団の沿革だのが細かく書かれており、一番最初の頁に、

(しんぬしさま)とやらの肖像写真があった。

 

 神道系の宗教と聞いていたから、てっきり冠に束帯姿かと思っていたが、何のことはない、紺色のスーツに地味な縞柄のネクタイをした男性だった。


 歳は幾つかは分からない。


 三十代後半か、四十代始めといったところだろうか。


 クラーク・ゲーブルの出来損ないのような口髭を生やした、色白で能面のようなツラをした男だ。


 この男が未来、現代、そして過去を全て見通し、はたまた世の中の全ての問題を解決する力を持つという。


 パンフレットにはその一部、彼の『神言しんげん』なるものの触りが書かれてあり、

”入信ご希望の方は、まず以下の番号にお電話を”とあり、そこには『東京都第二教会』という名前と、そこの電話番号が記されてあった。


 随分持って回ったやり方をするものだとは思ったが、こうしなければ入信できないというのだから仕方がない。


 俺が言われた通りの番号にかけてみると、二日前本山(?)に掛けた時とは違って、随分と柔らかい声の女性が、

”分かりました。それでは一度こちらの教会の方へお出でください”という。


 都合のいい時間を指定しても良いということだったので、俺は翌日の午前11時というと、

”分かりました。11時ですね?お名前は・・・・イヌイ・ソウジュウロウ様・・・・で、どんな字で?”


 本当に丁寧だ。


 俺が一文字、一文字確認するように言うと、


”分かりました。ではお待ちしています”という事になった。



 翌日、きっかり午前11時に、俺は港区の白金台にある、


『神祇一心会東京都第二教会』という看板が掛けられた建物の前に居た。


 新興宗教であっても、神道系であり、一応『教会』などと名前がつくのだから、如何にも日本建築の豪壮な建物を想像していたのが、何のことはない。ごく普通の白いタイル張りの、こじんまりとした建物だったので、俺はいささか拍子抜けしてしまった。


 入口を入ってすぐの所にある受付で名前を言うと、これまた普通の商事会社なんぞにいる受付嬢みたいな制服を着た若い女性が出てきて愛想よく笑い、


『乾様ですね。承っております。それではエレベーターで二階にどうぞ』ときた

 俺は言われた通り、エレベーターで二階に上がる。


 ドアが開くと、そこは広いホールで、足首まで埋まりそうな紺色のカーペットが敷きつめられていて、不似合いなくらいでかい油彩画(恐らく五十号くらいはあるだろう)が掛けられた壁に、伊万里焼と思われる壺が置かれてあった。


 流石の俺もどうしたもんかと辺りを見回していると、今度は銀縁眼鏡に白い着物に浅黄色の袴姿の若い男性と、やはり白衣に朱色の袴を履いた、30代後半と思われる女性が、妙に愛想のよい笑顔をふりまきながら、殆ど足音も立てずに俺の前に姿を現した。


『いらっしゃいませ。乾様、遠いところをわざわざお越し下さいまして(別にそれほど遠くはない)、有難うございます』


 と、深々と頭を下げた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る