第八話『亡骸は語る』③
× × ×
金盞花が夜風に揺れている。
真琴は別棟の屋上、金盞花が群生する空中庭園を歩いていた。ニーナによれば、ここに真琴の帰りを送るアッシュと呼ばれる使用人が来るらしい。
朝を待つ金盞花たちの間を進みながら、真琴はニーナの言葉を思い出していた。
――あなたには『読心』の能力があるでしょ。それをわたしの為に使って♪ そう契約してくれるなら、雅ちゃんを助けるわ♪
ニーナは最後にそう言った。
ただ、それはニーナの悪行を手伝うという事だ。
雅を救いたいという願望と、良心の狭間で真琴の心は揺れ動いた。
その時……。
ジ、ジ、ジ。
庭園内の蛍光灯が点滅したかと思うと、目の前に執事風の青年が現れた。青年は長身で眉目秀麗であり、「片桐真琴様でございますね?」と慇懃に尋ねてきた。
音も無く突如として現れ、声をかけてくるその姿に、真琴はニーナと同じく、人ならざる気配を感じ取った。
「あなた、誰……? 人間……?」
真琴の問いかけに、男は微かな笑みを浮かべた。
「おや? 気づかれましたか? ご挨拶が遅れました。わたくしめはアスタロト・アルビジオス
と申します。主であるニーナ・クルーニーより、片桐真琴様の帰途を案内するよう、仰せつかっております」
アスタロトという名前に真琴の耳がピクリと反応した。
ニーナの昔話に出て来た悪魔……それがアスタロトという名前だったはずだ。
「さすが悪魔ね……。恋人があんな目にあっているのに……。復讐するどころか、ニーナにかしずくなんて」
皮肉を籠めて言うと、アスタロトは少しだけ寂しそうな表情をした。
「……彩女は恋人なんかじゃありませんよ」
「……」
沈黙と静寂の帳が下りた。
どれだけの沈黙が続いただろうか。
アスタロトはポツリと口を開いた。
「そういえば以前、この場所で……。真琴様、あなたと同じ『読心』の能力を有する女の子が、ここから身を投げました……。その女の子は我が主、ニーナの仕事を手伝う事を拒み、死を選んだのです。人間の行動もまた……理解し難い」
真琴はアスタロトの言葉に衝撃を受けた。そして、次の瞬間、気付いた。自分と同じ『読心』の能力をもつ、失踪した女の子がいたことに。
「その子……。水城杠っていう名前じゃない!?」
「……」
「答えて!! あなた達が攫ったの?」
「……一つ言える事は……。その女の子が身を投げた事で、あなた様は助かったのです」
アスタロトは真琴の質問には答えず、淡々と言葉を並べた。
悪魔は息をする様に嘘を吐く生き物だ。と、真琴は思っていた。しかし、今、アスタロトが言った事は本当に思える。
自身の命が『無数の死』の上に成り立っている事を改めて痛感した真琴は絶望し、言葉を失った。
『無数の死』は真琴の小さな肩に重くのしかかる。
「さあ、参りましょう。車を待たせてあります」
アスタロトは真琴の腰に手を回すと、そっと押した。
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