第八話『亡骸は語る』④

×   ×   ×


 真琴を階下まで送り、送迎の車へと乗せたアスタロトは何者かの気配に気付き、小さくため息を吐いた。


「そんなところに隠れてないで、出てきてはどうですか?」

「ジャ、ジャーン♪ 零ちゃん華麗に登場♪」


 物陰の虚空からスッと、セーレが姿を現した。

 セーレはよほどセーラー服が気に入っているのか、女子高生の格好をしたままだ。


「何時から見ていたのですか?」

「……ずっとだよ。アリオに言われてね♪ あっち(黄昏の世界)からずっと見てた♪」

「どうりで……。警備の者たちが気付かない訳ですね」

「凄いでしょ~♪」

「別に……。褒めてませんよ」


 呆れるアスタロトにセーレは近付きその顔を仰ぎ見た。


「それにしても、アスタロトが人間の女の子と恋に落ちるなんて意外だよ。駆け落ちした噂、本当だったんだね~♪」

「恋人……そんな関係では……ありません。わたしと彩女はただの……ただの契約関係でした」

「へ~。どんな契約内容だったの? ボク、知りたいな~♪」


 アスタロトは忌々しそうにセーレを見た。


「契約内容は……もちろん彩女の魂を貰う事、代わりに……」

「うん、うん♪ 彩女さんは何を望んだの?」

「彩女は……『ずっと傍にいて欲しい』と願いました。だから……まだ契約は……」

「ウソだね」


 アスタロトの言葉をセーレは遮った。


「あの彩女さんの身体に魂が無い事くらい、知ってるだろ? その魂を取り立てたのはアスタロト、君自身なんだから。あれは抜け殻さ、諏訪彩女はとっくに死んで契約なんて……」

「だまれ」

「!?」


 今度はアスタロトがセーレの言葉を遮る番だった。

 アスタロトは乾いた声で呟くと同時にセーレの細い首を鷲掴みにし、宙へと掲げた。


「わたしはただ……あなたの様に『人間に寄りそう』気持ちを知りたかっただけだ!! あなたはいつも悪魔を無視して、人間の女なんかの傍にいる!!」


 セーレの華奢な身体がぶらりと宙に浮き、スカートが揺らめく。

 しかし、首を締めあげられているセーレは抗う事をせずにアスタロトを見つめていた。その眼は紅く、攻撃色に染まっている。


「誰の首を絞めているか解ってる? アスタロト・アルビジオス」


 首を絞められているのに、その声はハッキリとアスタロトの耳元へと届く。

 フルネームを呼ばれて我に返ったのか、アスタロトはその手を放した。

 ストン。と、着地したセーレをアスタロトは見下ろした。


「すみません。セーレ……セーレ・アデュキュリウス・ジュニア」

「別に……首くらい折られても構わないんだけどさ……。制服に皺ができたらイヤなんだよね」

「……そうですか」


 セーレは自身の首よりもセーラー服を心配していた。その姿にアスタロトは再び呆れかえった。


「でもさ……」


 セーレは胸の前で手を組むと、まるで祈るような仕草を見せた。そして、先程の攻撃色とは打って変わった、温和な視線をアスタロトに向けた。

 それは悪魔らしからぬ、慈愛に満ちた少女そのものの姿だった。

 セーレの赤い口がゆっくりと動く。


「アスタロトは彩女の魂が滅んでもその傍に居続けた。……ボクはそんなアスタロトが大好きだよ♪」

「くだらない冗談ですね。笑えませんよ」

「やっぱり?」

「ええ」


 手を解き、おどけるセーレを見るアスタロトの口元が僅かに綻んだ。

 アスタロトは眼鏡をクイッと直すと、セーレに向き直った。


「ところで……。あなたたちは『世界の欠片』である『妖刀緋雨』が欲しいのでしょう?」

「そうだよ♪」


 『緋雨』が奪われるという事は、即ち、諏訪彩女の肉体が消滅する事を意味する。それはもしかすると、アスタロトが諏訪彩女というくびきから解放される事なのかもしれない。

 それはそれで面白い。

 アスタロトはフフッと不敵に笑った。


「いつでもお相手になって差し上げます。その時は……アデュキュリウスの家名に物怖じなどしませんので……お覚悟の程を」

「アハハ。楽しみにしてる♪」

「それでは……。何時でも、好きな時分にご来場ください」

「言われなくてもボクの契約者はそうするよ♪ きっと、正面から堂々と尋ねるさ♪」

「畏まりました。その旨、しかと我が主、ニーナに伝えます」

「うん。ニーナに宜しく伝えて♪」


 恭しく一礼するアスタロトを見て満足そうに頷いたセーレはその身をひるがえし、再び虚空へと消え去った。

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