第八話『亡骸は語る』①

 月明りはいつの間にかなくなり、辺り一帯は薄暗い。

 暗闇の中、その建物は不気味にそびえ立っていた。

 真琴はニーナに連れられて、総合病院の別棟へと向かった。

 別棟は巨大なビルであり、一見すると普通の警備員たちが警備にあたっている。しかし、真琴の目にはその纏う雰囲気から、一目で魔導武装の使い手たちだとわかった。

 警備員たちはニーナに黙礼すると、重厚なガラスでできた扉を開けた。


「ここって……」

「お友達になった記念に、特別にお見せするの。スペシャルサービスよ♪」


 軽快な口調で言うと、ニーナは中へと入っていった。

 真琴はすぐにでも逃げ出したい気分だったが、恐怖を押し殺してニーナの後へ続いた。

 雅を救いたいという一念が真琴を突き動かしている。


「暇潰しにちょっとしたお話をしてあげる」


 赤色灯で照らし出された長い廊下を歩きながら、ニーナは口を開いた。


「その昔、小さな島国に難破した船から少女が流れ着きました。女の子はその外見から、蔑まれ、慰み者にされました。髪の色が違う、瞳の色が違う、肌の色が違う……。たったそれだけの理由で少女は弄ばれたの。四肢を押さえつけ、首を絞めながら愉しむ男たちを見上げながら、少女は誓ったわ。『いずれ、この国の連中を組み敷いて、お前らなんて皆殺しにしてやる。そして、自分の意のままになるお城を作るんだ』って」


 ニーナはエレベーターへと乗り込み、真琴も後へ続く。


「やがて……少女の凄惨な毎日を哀れんだ島国の美しい巫女、諏訪彩女(すわ あやめ)は少女に救いの手を差し伸べました。諏訪彩女は純潔を象徴する『世界の欠片』、『緋雨』という刀の持ち主でした。諏訪彩女は優しく、尊敬を集める存在で、少女にも等しく、優しくしてくれたの……そう、お友達になってくれたわ。そして、知りうる限りの魔術や呪術を教えてくれた……」


 ニーナの口ぶりは昔を懐かしむものへと変わっていた。

 真琴はニーナの言う少女が『ニーナ本人』であるとなんとなく理解していた。そして、島国というのは倭帝国の事だろう。

 エレベーターは最上階で止まった。

 扉が開くと、そこは巨大な展望室のようになっている。

 ニーナは眼下に広がる街並みを見ながら話を続けた。


「少女にとって、たった一人の理解者、諏訪彩女の存在はかけがえの無いものだった……。でも、ある日……彩女はあろう事か、アスタロトという悪魔と恋に落ちたの。あり得ないでしょ!? 神事を託される巫女が恋に落ちるだなんて!? それも悪魔と!! 真琴ちゃんもそう思うでしょ!?」


 ニーナは急に怒気を露わにしたかと思うと、真琴に激しく同意を求めた。


「わたしが『そう思うでしょ?』って聞いてるんだよ?」


 ニーナは下から真琴の顔を見上げるようにして覗き込んだ。

 グニャリと強引に視界に入ってきたニーナの双眸は禍々しく、爛々と輝いている。

 ニーナの剣幕に気圧され、真琴は頷くしかなかった。それに、真琴は気づいていた。ニーナは本心しか口にしていない。

 頷く真琴を見て、ニーナは話を戻した。


「彩女はお友達であるわたしに嬉しそうに語ったわ。『巫女として生きるより、悪魔と共に生きる事を選びたい』『悪魔と共にこの国を出る』って。…………そんなの、許されないわ!! せっかくお友達になったのに!! そのお友達を見捨てて悪魔と出て行くなんて……裏切りよ!! !! だから……」


 言い終えると、ニーナは右手の親指の爪をカリカリと噛んだ。

 真琴は息を呑んでニーナの言葉を待った。


「だから……殺したわ♪ そしてアスタロトという悪魔を奪ったの♪」


 クスクスと笑いながらニーナは言った。


「こ、殺したの……?」

「お友達を裏切ったんだから当然でしょ?」


 ニーナは「何を当たり前の事を言ってるの?」という表情で真琴を見つめていた。


「でも……彩女が死んじゃったから少女のお友達は居なくなってしまいました。なんて可哀そうな女の子……」


 眉根を寄せ、切なそうな表情を創ると、ニーナは両手を合わせて真琴を見た。

 何かを哀願するかの様な仕草に、真琴の背筋を再び悪寒が走る。


「わたしね……わたしの孤独な『心』をわかってくれる女の子をずっと、ずっと、ず~っと、待ってたの!! でも、前に見つけた『心を読む』女の子はわたしのお友達になるのを嫌がって死んじゃった……。だから、その子の生まれ変わりの真琴ちゃんに、わたしのお友達になってもらうの♪」


 ニーナの言葉はどれも病的で的を得ない。しかし、今は狂気じみたニーナに付き合う他は無い。雅を救う為にはそれしかないのだ。


「真琴ちゃん、あなたもわたしのお友達になったんだから……裏切らないでね……。わたしにとってお友達は本当に大切で特別な存在なの……」


 そう言うと、ニーナは展望室の更に奥へと通じる扉へと近づいた。

 扉の横には電子パネルが設置されている。ニーナは顔、指紋、網膜といった生体認証でロックを解除した。

 プシュー。という気圧の変化を告げる音と共に重々しい扉が開く。

 そこは生体研究所の様になっていた。

 そして……。

 そこには信じ難いモノがあった。

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