第七話『不滅の宮殿』②

――今は誰にも会いたくない。


 真琴は家へ帰らずにいた。

 そろそろ帰らないと怒られる時間だが、両親の顔を見る気にはなれない。

 一人になった真琴は、病院のエントランスに設置されたベンチに腰掛けていた。院内は誰もおらず、案内表示板の光や薄暗い照明が物寂しいエントランスを浮かび上がらせている。

 真琴はだだっ広いエントランスで一人、ポツンと座っている。

 雅の死を受け入れることの出来ない真琴は茫然自失としていた。

 ふと……。

 真琴は誰かの心の声が聞こえた気がした。

 億劫そうに顔を上げ、真琴は辺りを見回した。しかし、エントランスは相変わらずガランとしており、誰も居ない。

 その時。

 地を這い、纏わりつくような『声』が遠くから聞こえて来た。

 それは女の声だった。


──骸の上に宮が建つ。

  血涙ふみて宮が建つ。

  建てたる宮を、如何にせん?

  嗤いの絶えぬ、宮なれば。

  不変を謳う宮なれば。


 地獄の奥底から静かに聞こえてくるような声に、真琴は総毛立った。

 真琴が声の主を探すと、暗い廊下の向こう、暗闇の中にピンクのドレスが浮かび上がっている。ドレスはゆらゆらと揺らめきながらこちらへと向かっているらしかった。

 やがてそれがピンクのドレスを身に纏った金髪の少女だと解ると、その異様な姿に真琴の背筋を悪寒が走った。ドレスには縫い付けられているのか、沢山の眼球が有り、それぞれ蠢いているのだ。

 真琴は顔を伏せ、少女が通り過ぎるのを待った……。


──尊の上に宮が建つ。

  慷慨ふみて宮が建つ。

  建てたる宮を、如何にせん?

  弄びの絶えぬ、宮なれば。

  不滅を謳う宮なれば……。


 少女の心中の『声』なのだろう。不気味な歌声は大きくなり、やがて少しずつ小さくなった。

 しかし……。


「……不滅の宮……」


 真琴はポツリとその歌詞を反芻してしまった。それは、声になるかならないかという程、小さな囁きだった。

 その瞬間、ピタリと歌声は已んだ。

 突然訪れた静寂に真琴はギクリとした。すると間もなく真琴の視界にブーツが並ぶ。

 いつの間にか、声の主は真琴の眼前にまで来ていたのだ。


「あなた……わたしの心を読んだわね?」


 心臓を鷲掴みにするような冷たい声が、真琴の頭上から聞こえた。


「顔を上げて」


 冷たい声は真琴に顔を上げるように促した。

 真琴は恐る恐る顔を上げた。

 そこに待っていたのは、『見た目だけ』幼いニーナ・クルーニーだった。


「あら、真琴ちゃんじゃない……直冬ちゃん、約束を守ってくれたのね」

「え!?」


 真琴は目の前の少女が自分や父親の名前を知っている事に驚いた。こんな異様な格好をする少女と友達になった覚えは無い。


「初めましてじゃないのよ、わたしたち」

「……」

「だって、あなたを救ったのはこのわたしですもの♪」

「もしかして……ニーナ?」

「そうよ♪ わたしはニーナ・クルーニー。仲良くしましょうね、真琴ちゃん♪」


 ニーナはそう言って右手を差し出した。その姿は可憐な少女そのものだった。

 目の前の少女がニーナなら、真琴や直冬の名前がその口から出るのも納得できる。

 真琴はニーナの小さな手を握りながらセーレの言葉を思い出していた。

 セーレの言う事が本当なら、ニーナは『後天性魔触症』の生みの親であり、雅を死へと追いやる元凶だ。しかし、真琴には目の前の少女が400歳を超える魔女には到底、思えなかった。それどころか、雅を救う唯一の希望に見える。


「あ、あの!! ニーナさん、お願いが有ります!! 雅を……藤乃院雅を救ってください!! !! お願いします!! !!」


 真琴はニーナの手を強く握った。


「藤乃院雅……ああ、あの貴族の娘さんね……」

「お願いします!! 親友なんです!! 手術費なら……いつか必ず、わたしがなんとかします!! たった一人の親友なんです。お願いします!!」


 頼み込む真琴をニーナはまじまじと見つめた。

 それは真琴を値踏みするような怜悧な視線だった。


「真琴ちゃんにとって雅ちゃんは大切な存在なんだね……」

「はい!!」

「よ~く解ったわ。お友達になった記念にわたしの秘密を教えてあげるからついて来てくれる? そこで雅ちゃんのお話をしましょ♪」

「は、はい……」


 戸惑いながらも真琴はニーナの背中を追った。

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