第3話

「おじいちゃん、カグ見つけてきたよ。東の丘に逃げていた」

 ピートが家に帰ってきたときには、すでに夕方近くになっていた。

「見つかって、よかった。疲れただろう。温かいミルクでもお飲み」

 祖父は、大きめのマグカップにたっぷりのミルクを入れて、テーブルの上に置いた。

 ピートは、ミルクを飲みながら、丘の様子を思い出していた。あの丘も以前は緑豊かな場所だった。三年前までは、ピートは母と一緒にあの丘に行って、よく遊んでいた。ピートは9歳で、まだ太陽は黒い光を放ってはいなかった。サンドウィッチを頬張りながら、母と談笑したことが懐かしい。

 あれから、三年が経ち、世界は変わってしまった。黒陽は、国中の緑を枯らし始めた。元々身体が弱かった母は、一日中伏せていることが増えた。そして、一年ばかりして、息を引き取った。

 ピートには、父親がいなかった。母が言うには、ピートが幼い頃に熊に襲われて亡くなったということだった。母が亡くなったピートは、祖父の家に引き取られることになった。祖父は、小さな牧場を持っていて、自給自足の生活を送っていた。

 祖父の家に行った時に、ピートはその目を疑った。緑が生い茂っていたのだ。祖父は、大地の力を強めてやっているのだと言う。

 その日から、祖父はその大地の力の強め方をピートに教え始めた。祖父は、「歌」なんだと言った。自然と人間は、昔からつながっていて、「歌」を歌うと自然は喜んで元気になるんだという。昔は誰もがその「歌」を知っていたんだが、人間は忘れてしまったんだと、祖父は語った。

「歌」は、普段我々が考えている歌とは異なっていた。自然物、木や石は、それぞれが特有の音の響きを持っている。その響きに呼吸を合わせていくのだ。祖父の「歌」を初めて聞いたとき、ピートは鳥肌が立った。そして、なぜかは分からなかったが涙が止まらなかった。

 ピートの「歌」は弱い。自然の力を一時的に引き出し、緑を蘇らせることができても、直に黒陽の力で再び枯れ始める。祖父の「歌」も、永続的に黒陽の魔力から逃れる事はできないにしろ、その効果はひと月は消えなかった。しかし、最近はその期間が少しずつ短くなってきていた。

「黒陽の力が増してきている。このままでは、この国の緑は全て枯れてしまう。早くなんとかしないといけない」

 祖父は、ミルクを飲むピートに背を向けながら、暖炉に薪をくべていた。

「どうすればいいの」

「わしにもそれは分からない。ただ、こうしている間にも世界は少しずつ滅び始めているんだと言うことだけは分かる」

「麓の村の人たちは、魔術師の仕業だと言うけれど、本当かな」

「それはどうだろうか。確かにそんな噂はある。しかし、それが正しいのかどうかを判断するのは自分自身だからね」

 ピートは、祖父の話を聞いているうちに、何か自分にできる事はないのかと、軽い苛立ちを感じた。何かができるわけではないにしろ、この世界について知りたいと感じた。

 ピートは、少しぬるくなった残りのミルクを一息で飲み干すと、立ち上がった。

「麓の村まで行っていいかな。もう少し情報を知りたいんだ。このまま待っていても、この国は滅びていくだけなんだよね」

 祖父は、細い木の枝を半分に折って、暖炉に投げ入れた。

「今から出かけても、村に着く前に暗くなってしまう。今日は疲れただろうから、夕食をしっかり食べて、早めに眠りなさい。そして、明日の朝早く出かけなさい。世界について知る事は大切だ」

 祖父は、暖炉の火をじっと眺めていた。

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