第2話

 小高い丘の上に一匹の山羊がいた。まだ子どもなのだろうか、体はあまり大きくない。鼻先を下に向けて、のろのろと動き回っている。餌となる草を探しているようだが、その瞳には赤茶けた大地が映るばかりだった。山羊が頭をあげる。風に乗って、口笛が聞こえてきた。一人の少年が杖をつきながら、歩いて来るのを山羊は見た。山羊は小さく鳴き声をあげると、少年の元へと走り出した。

「カグ、やっと見つけたぞ。一人で勝手に出かけたら、だめだって言っているだろう」

 少年は、山羊の背中を軽く撫でた。カグと呼ばれた山羊は、気持ちよさそうに身を任せる。

 少年の名は、ピート。山羊飼いであった。朝、牧場に行くと、カグの姿が見当たらなかった。狼に襲われたのかと、牧場を見回ったが、そのような形跡はない。どうも牧場から逃げ出したらしい。祖父に探してくるように言われ、この丘まで来たのだった。

「牧場の外は草はあまり生えていないんだよ。黒陽の光にやられちゃっているんだよ。さあ、おうちに帰るよ。」

 ピートは子山羊を促したが、一向に動こうとしない。

「お腹が減っていて、歩けないのか。ちょっと待ってな。すぐに準備をするから」

 ピートは片手に持っていた杖を地面に突き刺し、眼を閉じた。杖の先が白く光る。少年は、口をすぼめ、細く息を吐き出す。吐き切ると、今度は静かに息を吸い始める。現界まで吸うと、再び息を吐き出す。吐き切ると、吸う。繰り返される呼吸に合わせて、杖が青白く光り始める。呼吸はいつしか歌声を載せ、高らかに丘に響き渡った。それに呼応し、杖の光もさらに増し、辺りを包み込んだ。

 まぶしい光の中、山羊の子は眼を閉じていた。閉じていても、まぶたの裏に光を感じた。しばらくすると、光は感じられなくなった。山羊の子が、そっと眼を開けると、少年の周りに青々とした草が生い茂っていた。

「これだけ草が生えていれば、さすがにお腹いっぱいになるだろう」

 ピートが、静かに山羊に語りかけると、くんくんと足元に生えた草の匂いをかぎ、少年の顔を仰ぎ見る。

「早く食べないと、僕が全部食べちゃうぞ」

 おどけた表情にやっと安心したのか、それとも少年の冗談を本気にしたのか、カグはあわてて草を食べ始めた。

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