第9話 先輩、なんですね

新幹線を降りると今度はローカル線を乗り継ぎ、新田はその町へとやってきた。

計画的に、地図の中央に位置する町を拠点とし、そこから順に四方を潰していく作戦だった。

その町は城下町だった。遠くに見える丘の上に、当時を再現したらしい城の天守閣が見えている。

駅前からその城まではちょっとした商店街になっているが、昼時だというのに活気はない。どうやら過疎化が進んでいるようで、人通りはまばらだった。

古い木造りの団子屋ののれんが、のんびりと風に揺れている。茅葺き屋根の武家屋敷があり、そこはどうやら観光スポットになっていた。

通りには小さな浅い堀があり、そこに数匹の小魚が泳いでいるのが見えた。

歩を進め、少ない候補先からホテルを選ぶと、新田はチェックインの手続きをした。


「--さて、と」


見知らぬ町を見回して、新田は言った。

どこか楽しそうな表情だった。

新田は、薄手のパーカーを着ていた。念の為、長袖を着てきたが、すでに暑さのため腕をまくっている。

背中には、小ぶりのリュック。着替えといった探索に不要なものは全てホテルに置いてきていた。


「さっそく、宝探しを始めるとしますか」


二日、三日--


新田はその地で、今日で四日目を迎えていた。

バスでやってきたそこは、辺り一面を段になった田園が支配していた。

空が高く、青い--その先に、山々がどこまでも広がっている。

建物は、村の集落といえるものくらいしかない。

山間の小さな神社の階段に、新田は座っていた。

ちょうど木々で木陰になっており、また人の姿も、畑作業をする人々の他にはほぼなかったため、迷惑にはならないと思ったのだ。


「--ふう、なかなか見つからないなぁ」


新田はため息をつく。暑さに耐えきれず、パーカーを脱いで腰に結んでいた。

じんわりと額に染み出した汗が、頬を伝って流れてゆく。

絶えず、無数の蝉の声が聞こえていた。

新田は、木下にもらった地図を広げていた。

この旅は、神社を巡る旅でもあった。


「神社ですか?」

「そう」


当時の木下の言葉だった。


「山間の麓に小さな階段があって、その上に本堂と、お稲荷様の奉られた御堂があるらしい。そこは村までは一本の道のりで、子供の頃、友達とよく遊んでいたとのことだよ」


地図の余白には、可愛らしい狐のイラストが描かれ、それが"頑張って、新田くん"と喋っていた。そして10数個、めぼしい神社に丸が付けられている。


「他には、川があったりしてよく泳いだとか。歩いて行ける食べ物屋さんは蕎麦屋しかなかったとか」


木下がもたらしたそれらのヒントを元に、まず神社を訪れ、その後、周囲の家々の表札に西森の文字を探していた。表札がない時は、ときとして訪問して確認したり、道ゆく村人に訪ねたりもした。

忘れ去られたテレフォンボックスを見つけた時は、電話帳を拝借し、同じ苗字を見つけしだい、手帳に住所をすべて書き写した。


「こんにちは--」


新田は微笑んで言った。頭巾を被ったお婆さんが、ゆっくりと近づき、新田の隣から階段を上がろうとしたのだ。


「あらこんにちは、今日も暑いねえ」

「そうですね、お参りですか。お気をつけて」


にこやかに、二人は会話を終えた。

もともと、新田は、自分から誰かに話しかけるタイプではなかった。

都会で生まれ育った。いじめられこそしなかったが、前に出れず、臆病で、思えばいつもこそこそとしていた。

友人と呼べる人物も少ない。そして社会人になってからは疎遠になってしまい、しばらく話す相手も、職場関係と家族以外にはいなかった。

前職で、上司との人間性の合わなさから精神を病んで退社し、二、三ヶ月ほど引きこもった。その後、なんとか再就職できた会社の上司が西森だった。

西森は、ぶっきらぼうだが明るく、新田には熱心に業務を教えてくれた。飲み会があると必ず声をかけてくれたが、新田が酒を飲めないと知ると、代わりに宅飲みを持ちかけてきた。それならば、割り勘で損もしないし、何より大人数が苦手そうだから、良ければどうか、と。

西森の、その気持ちが嬉しかった。

気がつけば、かなりの頻度で遊びに行く仲になっていた。

休みの日でも、よく一緒にご飯を食べたり、ゲームセンターに行ったりもした。格闘ゲームでは、一度も勝てなかったが、音楽系のそれではけっこう勝てた。

社会人になって、初めての友達といえる人物だった。

西森が好きだ。

一緒にいて楽しいし、何より心が安らぐ気がした。

そうしているうちに、徐々に友情が、恋愛感情に変わっていくのを感じていた。

自分でも半信半疑だったが、木下との出会いで、それが確信に変わった。


やはり、僕は西森先輩が好きだ--


気持ち悪がられたり、周囲から変な目で見られないよう、その気持ちを封印して生きてきた。

しかし、今は、違う。

これまでの出会いと経験とが、新田を成長させ、そしてタフにしていた。

ふと新田が気がつくと、そろそろ日が傾いてきていた。

探索ポイントも猶予も、残すところあとわずかだ。


五日目--


新田は再び、神社の階段を登っていた。

幅は細いが、結構な段数がある。一段の歩幅も狭く、ところどころ石が割れて踏むと少しぐらついた。

頂上につくと、境内には誰の姿もなく、あたりには葉っぱや枝がちらほら散らばっていた。見ると、小さな本堂と御堂があった。

御堂の前に立つと、木製の格子の中に、お稲荷様の姿がうっすらと見えた。

階段近くから麓を見下ろせば、のどかな風景と一本の川が見えた。

新田は本堂の正面にたち、賽銭箱に五円玉を投げ込むと、手を合わせた。


今日で最終日、か--


新田は思った。

今日で目的が達成出来なかったら、いよいよどうすべきか決めなくてはならない。

もう二日ほど休み、土日と合わせて四日間の時間を追加するか。

とはいえ、それでも見つからなければ?

新田は、心に不安を感じていた。

ときどき、すべてが自分の悪い妄想ではないのかと考える。そう思うと、生きた心地がしなかった。

仮に西森に会えたとしても、どうなることか--それが怖くてたまらない。

このまま会えずに諦めた方が、傷を増やすことなく生きていけるかもしれない。


--いや、それはダメだ


その選択は、きっと、死ぬまで後悔すると思った。


--どうしても、会いたい


目を閉じて、新田は心の中で願いをこめる。


どうか、西森先輩に会えますように--


新田が思った、その時だった。


ざり、ざり--


背後から近づくサンダルのような足音があり、それが新田の数メートル手前で急に止まった。

新田は、何か確信に近いものを感じて、勢いよく振り返った。


「--マジかよ」


足音が言った。

新田の目線の先に、呆然と立ち尽くす顔があった。

探していたはずの西森が、そこに立っていた。


「西森先輩--なんですね」


静かに、新田がつぶやいた。

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