第10話:復讐戦

 人だかりを分け入って進むと、ギルドの中はそれはもうひどい有様だった。張り出されていた依頼の書類が散乱し、テーブルや椅子が砕けて割れてあたりに散らかされ、そして何人かの無残な引きちぎられた死体が散らばり室内を赤く染めていた。血と内臓の臭いに交じるのは、硫黄だろうか。


 中央に山のように築かれた残骸と死体の『玉座』に腰掛けるのは、端的に言い表すなら獣だった。おそらく冒険者だったろう太い筋肉質の腕をくちゃくちゃと頬張りながら、対峙する他の冒険者の一党を睥睨しているそれに、彼らは見覚えがあった。


 先日、一撃でぶちのめしたあの大男、貴族下りの手下だった。しかし今やそれを指し示すのは身にまとった衣服と首から下る金色の認識票くらいのものだろう。面影こそ残っているが、その凶相は猿か狼に似て、腕や足は太く、服を引き裂いている。体格は一回り以上大きくなっており、伸びた爪はまるでダガーだ。そしてその特筆すべき腕の長さ、関節から関節までが身長ほどもある。


「長い腕は強欲なる者の慣れはて、吸血鬼ヴァンパイア、か? 」

「理性が感じられん。吸血屍人ブラッドサッカー、いや屍肉喰らいグールだろう。」

「どっちにしろ、悪い寝覚めじゃの。まだ悪夢におるようじゃて。」


 大男だったものは元から倍に伸びたような長い腕を振るうと、手前に出ていた全身鎧の冒険者の盾を引き裂いた。ただの鋼鉄では、もはや耐えられない。隙きを突いたように射掛けられた矢が何事もないかのように鷲掴みにされた。


 強く、速い、そして屍肉喰らいの類は体を再生するものまでいる。それでも冒険者は引くわけには行かない。自らの本拠地で魔物を暴れさせては沽券に関わるからだ。


「よそ者か。ここは俺達の街だ。俺たちがなんとかする。」


 それは昨日の胴元だった。聖銀の短剣を握って隙きを伺っているが、今ひとつ痛痒ダメージに足る攻撃の機会を見い出せていないようにも見えた。


「いや、昨日の賭けの続きだ。落とし前は俺がつけるべきだ。」

「いやまて。」


 剣に手をかける彼を碧鈷鋼コバルタイトの重戦士が引き止める。差し出したのは彼女の補助武装である長剣だ。


鋼の剣それだと厳しいだろう。これを使え。」


 クリスタが放り投げた剣を受け取り、それを鞘から引き抜いた。碧く輝く彼女の鎧と同じ、碧鈷鋼の刃は、征魔の光を湛えている。これで切られて無事な不死者イモータルはいない。無論、吸血屍人や屍肉喰らいも。


「さぁ来いよ、復讐戦リベンジマッチだ。」


 元・大男を取り囲む冒険者の戦列をすり抜けて最前線へ躍り出た剣士は、薙ぎ払われる腕を身を低くして交わすと更に前に出る。長い腕と鋭い爪は脅威だが、内側へ潜り込めばその脅威度も大幅に下る。少なくとも鋭い爪が最大速度で振り抜かれる場所ではない上に、こちらの攻撃は十分通せる。


「おねんねしな! 」

「いかん!」


 少女が叫ぶより早く、強烈な衝撃がギルドの建物を揺らした。


 力強い踏み込みは分厚い木材の床を叩き割り、目視できないほどの速度で振るわれた刀身は音を超え、衝撃を発し、空気を潰断熱圧縮して熱を纏う。放たれた矢をつかめる速さとて、それに追いつくことは出来ない。長すぎる右腕が付け根から切断された。


 しかし、屍肉喰らいの武器たる腕を奪い、大きく戦力を削いだはずなのに、当の本人とその一党の顔は青い。


 さて、いかに頑強な碧鈷鋼とて、物理的な実体を持つ金属である。それの想定を遥かに上回る速度で振られ、あまつさえ物を切った場合、どうなるかなど自明だ。


 美しき値千金の剣は、無残に折れた。


「阿呆が! この…………弩阿呆が!! 」

「主様! あなたの剣とは勝手が違うのだぞ!!! 」

「あぁ、悪い。どうにかして埋め合わせはする……。」


 さすがの剣士もこればかりは軽く流せない。かっこよく決めようとしたはずが、手負いの獣を前に武器はなく、折れた剣は経費で流せるほど安くない。仕方無しに普段使いの鋼の剣を引き抜いて暴れる屍肉喰らいの腕を逸らして避ける。やはり魔力の乗らないただの鋼の剣では有効打は与えられず、切った箇所は硫黄のような臭いのする湯気を上げて修復されていく。


「あー、誰か銀武器か魔法武器を貸してくれ。」

「なにを阿呆なことを言うておるか! 儂が術を使うから、時間を稼げ。」

「心得た。」


 おとなしく引き下がる男と入れ替わって重戦士がやはり碧鈷鋼の巨大な戦鎚をかざして前に出る。超重量級の戦鎚は、素早く動く屍肉喰らいとは相性は悪いが、屍肉喰らいの爪は碧鈷鋼を傷つけることが出来ないため時間稼ぎはできる。


 術士の狼少女は腰の雑嚢鞄から術符を掴むように引っ張り出して聖銀の粉が輝く魔術インクで書かれた文字をなぞる。。


「不死人にはやはり火じゃて。黄泉より来たりて死者を送る冷たき火よ『鬼火ウィル・オ・ウィスプ』。」


 手にした術符に書かれた古き文字に光が宿ったかと思えばとたんにそれは燃え上がり、炎は次第に凝縮し、吹けば消えそうなほどに小さい青い火の玉となる。それに吐息を吹きかるが、消えることはなくまっすぐにフヨフヨと屍肉喰らいに近づいていく。


 まとわりつくように飛ぶそれを振り払うことは出来ず、炎は触れた箇所から爆発のように一気に全身に燃え広がった。が、生者である冒険者には熱すらも感じさせない。死者だけを焼く青い炎である。


「ほれ、仕舞いじゃ。いい塩梅に送り火になるのぅ。」


 燃え上がるが燃え広がらず、暴れながら焼かれ朽ちていく屍肉喰らいは咆哮のような断末魔を上げて、何も存在しなかったかのように灰となって消えた。


 女に格好良いところを見せようとして、その彼女から受け取った剣を見事にへし折った剣士はあからさまに肩を落としていた。あの自信満々だった男が凹む姿に胴元は同情するかのように肩を叩くしか無かった。

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