宿場町の話―②腐臭の貴族街

第11話:動乱の宿場町

「ほれ、かわいい従者が手柄を上げたのじゃぞ、しっかり褒めんか。」

「あぁ、よくやった。偉いぞ。」


 剣士の男はまるで犬でも――実際半分は狼なのだが――あやすかのように術士の狼少女の頬や頭を撫でる。とろけるように笑う少女と全力で甘やかす男の間に碧鈷鋼コバルタイトの全身鎧を纏った重戦士が割って入る。


「私は。」

「わかってはいるけど、全身鎧フルプレートを撫でてなにかなるのか? 」

「ねぎらいの言葉だけで十分だ。」

「心はそうじゃないだろう。あとでな。よく頑張った。」

「そなたもそなたじゃて。」

「ぬぅ……。」

「さて、それよりも、だ。」


 剣士はギルドを見回して今まで戦っていた冒険者達と頷きあう。全員、『わかっている』と言ったふうだ。


「親玉がいるはずだ。なにか情報はあるか? 」


 屍肉喰らいグール吸血屍人ブラッドサッカーの類は。死者を使った禁術や上位種族の眷属として作られるものだ。ともすれば、その魔術師、もしくは上位種がこの宿場町の近く、最悪中に潜んでいる可能性が極めて高い。


 剣士の問いかけに答えたのは魔術師だろう大きな杖に寄りかかって立つ男だった。見たところ胴元の一党の同胞のようだ。


「ブランドンはあのあとはジェイムズに連れられてどこかへ行った。多分あいつの実家だろうが、確証はない。」


 |鈷人の斧術士が髭の埃をつまみながらそれに続く。


「おそらくそれで間違いないじゃろう。今朝、貴族街の入り口でひん剥かれたジェイムズを見たっていう奴が噂を振りまいてたぞ。」


 それを切欠にしてか、そういえば、そういえばと堰を切ったように不穏な話がゴロゴロと濁流のように流れ出る。


 槍使いの獣人曰く、ここ10年ほどは貴族街の出入りが厳しくなってるらしい。


 半森人の野伏曰く、町長も同じくらい見てない。


 胴元役の斥候曰く、ここしばらくの喧嘩相手はよそ者ばかりだったらしい。


 盾を裂かれた戦士曰く、よそ者はその後は行方知れずだという。


 治療を受ける剣士曰く、貴族下りの一党は損耗が激しく入れ替わりが速い。


 総括して、貴族街にはなにやら不穏なものが潜んでいる。そこに居なくなってもだれも気にしない人間を、貴族下りの青年が連れ込んでいた、と言うことだ。なるほど貴族街に平民がなかなか入れないのは珍しいことではない。また、冒険者であれば行方知れずなど珍しいことでもない、よそ者ならなおさらだ。街から出ていったとしか思うまい。


「状況だけだが証拠はたっぷりとある。あいつジェイムズだけでもひっ捕らえれば芋づるのようにぽんぽん抜け出てくるだろう。」


 狭い室内で大きな得物グレートソードを持て余していた疵面の大剣使いが手慣れた様子ですらすらとなにやら文をしたためる。彼こそが、この宿場町の冒険者ギルドの組合代表ギルドマスターその人だった。


「とにかく、ジェイムズを抑える。そこの一党は門番に冒険者の出入りを確認してくれ。そっちは斥候が多いな、情報の収集を頼む。これは前払い分だ。」


 小分けにした金貨袋を惜しげもなく投げ渡しながら、冒険者の一党に指示を飛ばす。報酬を先払いされて仕事をしないようでは、信用に関わる。それも前払い『分』などと言われれば後払いも期待するだろう。金に目ざとい冒険者にはうまい手だ。


「そして、お前たちは俺と来てほしい。」


 指名されたのは妥当ではあるが、以外にも『取るに足らない』冒険者一行でもあった。しかし、主戦力の剣士には、魔物を切れる剣がない。


「悪いが剣がない。見てただろ。」

「おぬしよ、開き直るでないわ。」

「剣なら先払いでくれてやる。」


 大剣使いが半身を逸らして道を開けた先には、冒険者が暴れて、屍肉喰らいが暴れて、そして男の一撃で揺らしてなお、一切不動だった黒い刀身の長剣が石造りの台座に突き刺さっていた。


「直接手渡してくれないのか? 」

「恥をかかせないでくれ、俺にも抜けん。」

「正直者は嫌いじゃあないね。」


 さて、巨人という種族がある。常人の三倍はある巨体と無双の剛力を持つ種族だ。そんな種族が使う武器に、鋼などという金属などは使い物にならない。その巨人が見出した、巨人の剛力でも歪まず、曲がらず、こぼれず、折れず、そしてその分重い金属があった。


巨人黒鉄タイタニウムの剣なんて、抜けなくても恥じゃないさ。」

大剣これを担いでいなけりゃあな。」


 男はその柄に手をかける。抜けないのは、選定の剣エクスカリバーのような魔術や封印によるものではない。ただ単純に重いのだ。男はそれを鞘から抜くような手軽さで、それも片手で抜いてみせた。


「見事。」

「よせやい、男に褒められても何も出ない。」

「実力なら出せるだろう。」

「美女の前でならな。」


 嘯く剣士に大剣使いは背後に控える少女と重戦士に目を向ける。


「これ以上必要なのか? 」

「流石にそこまで強欲じゃないさ。」

「嘘じゃの。」

「嘘だな。」


 間髪を入れず答える二人に、大剣使いは呵々大笑した。剣を折り、一党の同胞にも女癖が悪いと見捨てられ二度も恥をかいた男はもう降参するしかなかった。


「だから昇格できないんだぞ色男。」

「まいった、ぐうの音も出せなくなった。」


 大剣使いの追撃に肩を落とした剣士は、機会を伺っていたようだったギルドの受付嬢が奥から引っ張り出してきた鞘を受け取り、剣を収めて肩から吊るす。金属を編み込んだ帯でなければ吊るせないそれは、肩にかけた重みだけで床の木を軋ませる。


「ジョシュア、レベッカ、準備はいいか。」


 大剣使いは振り返り、遅れてきた老魔術師と若い女神官に呼びかける。首から下げた聖銀ミスリルは上位四等級の証である。


「全く、年寄りをこき使いおってからに。」

「神の名に於いて、不死者イモータルは抹殺せねばなりません。」


 大戦鎚ウォーハンマー大剣グレートソード長剣ロングソード錫杖カッカラ長杖ロッド聖鎚メイス、各々の武器を掲げ、即席なれど徒党を組むことを宣言した。


「さぁ。化け物退治の時間だ。」


 大剣の獅子飾りの如き獰猛な笑みの大剣使いのあとに続き、冒険者達は足を進める。立ち込めた黒雲と降り出した雨が、貴族街を包み込んでいるようだった。

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