第8話:碧鈷鋼の重戦士

 大男ブランドンの力を笠に着て実力もない貴族下りの青年は、かわいそうに賭けに負けた冒険者から身ぐるみを剥がされていた。それと対照するかのように、勝ったよそ者の剣士は仔牛のローストをつまみに追加で注文した酒を傾けていた。料理の数も増えたため、大きな4人がけのテーブルに席を移っている。ときおり大男に貸しがあったらしい冒険者がテーブルに立ち寄り、礼を言って乾杯をしていった。


「それにしても、こんなことは久しぶりだな。」

「うむ。いつもはどんな荒くれも目も付けぬのに、珍しいことじゃて。」


 とろけるように柔らかい肉を満足そうに頬張りながら術士の狼少女は愛しい彼の腕に身を絡ませる。俺の女という発言によほど気を良くしているのか、それとも単純に酔っ払っているだけなのかは、本人のみが知る。少女は普段は人前でこんなにも大胆な真似はしない。せいぜい軽口を交わす程度だ。


「おいおい、腕を掴まれちゃあ、ろくに飯が食えない。食べさせてくれ。」

「全くしょうがない奴じゃの。どれ、食べやすく切ってやろう。」


 それを沈黙したまま見つめるのは、向かいに座る碧鈷鋼コバルタイトの全身鎧の重戦士だった。面頬越しの視線は突き刺さるように少女に向けられ、その少女はその様子に満足するように、さらに体を押し付けている。


かと思えば何の嫌味だ、ルゥ・ガルゥ。」

「さぁ、わしらは『取るに足らなん』よそ者じゃからのぅ。そなたのことなど知らんでな。」

「やめとけ、独り占めしたいのはわかるが、淑女のやることじゃあない。」


 男は絡みつく少女の額を人差し指で突くと、彼女はしぶしぶ体を離した。


「久しぶりだな、クリスタ。」


 重戦士は、その奇妙な形の兜と鎧下の詰め綿を外した。流麗な黄金の輝きの髪がこぼれ落ち、日焼けを知らないが、こもる熱でやや上気した白磁の肌が姿を表す。特筆すべきはその猫にも似た尖った耳。猫の妖精ケット・シーの末裔たる、森の種族、森人エルフの女性だった。そして美しい金の髪はより妖精に近い上の森人ハイ・エルフの証でもある。


 酒場にどよめきが伝播する。美しい容姿もそうだが、エルフと種族的に中の悪い鈷人ドワーフのみが鍛えられるという碧鈷鋼の全身鎧を身に纏うのは、普通では考えられないことだった。そもそも金属の鎧を身に纏い、なおかつ弓を愛するエルフが前衛に立つなど、例外の塊だ。


「探したぞ、、いや、殿。」


 クリスタと呼ばれた森人の重戦士は男の本来の名を呼んだ。少女はそれを心底つまらなそうにしている。


「おや、儂は探しておらなんだか。」

「お前は主殿から離れん。探さずともみつかる。」

「いいおるわ。おぬしよ、儂が独り立ちできぬといじめおる。」

「まぁ、手のかかる子は嫌いじゃないぞ。」


 男の返答に満足したような少女の笑顔に、重戦士は不満そうに美しい顔の頬をふくらませる。真面目ぶってはいるが、彼女もまた年頃の乙女だった。年齢は4桁にもなるが、極めて長い寿命からすれば、まだまだ若いのだ。


「手のかからぬ子はどうだ。」

「どちらにも相応の可愛がり方がある。」


 さて、このままではいつまで経っても話が進まない。積もる話は重要な話の上にでも積もらせれば良い。


「さて、そろそろ本題を頼む。昔語りなら宿ゆっくりとしよう。」


 なにやら察した様子の少女が彼の脛を蹴るが、些細なことだ。別にいいだろう、いつもべったりのお前とは違って、彼女はもう何年かぶりの再会なのだから、とは口には出さないものの、重たい鎧に隠れた豊満な肢体を見つめるその目はなによりも雄弁であった。当然、少女はもう一度脛を蹴った。


「あぁ、じつは折り入って頼みたいことがある。」

「俺にか? 」

「あぁ、王の勅命だ。」

「本当に俺宛の命令か? 」


 男は訝しむ。男を蝕む名前の呪いは、偉業をなすことを許さない。ましてや王の勅命なぞ。しかし、彼女は得意げに耳を揺らして答えた。


「王は私に『勇者にこの指示書を渡せ』と言ってきたからな。」

「なるほど、お前にとっての勇者は俺というわけか。」

「当然じゃの。」


 少女は運ばれてきた葡萄酒をグラスに注いで、重戦士に押しやる。


「事実、主様より後に勇者に祭り上げられた者なぞ、5年と持っておらぬではないか。」

「そうなのか? 」

「一応後輩だろう、気にかけてやってもいいだろうに。」

「男の顔を覚えるのは苦手なんだ。」


 重戦士は葡萄酒のグラスを手で転がしながら答えた。


「ルゥの言うとおりだ、当代で丁度100代目、一層期待がかけられているようだ。」

「なるほど、そりゃあ期待されてるんだろうな。」

「だが、その分傲慢でもある。」


 森人に似つかわしくない荒い所作でグラスを空にした。


「輩、栄えある『勇者のいしぶみ』を倒しおった。」

「は? 」

「なんとまぁ……。」


 歴々の勇者の名を連ねた、ある種の人類の栄光の歴史。魔族との飽くなき闘争にその身を捧げた、文字通り勇者の生き様の羅列である。無論、この剣士の名もそこに刻まれている。国宝にも指定されているその真黄金剛オリハルコンの碑。


「魔王を倒せなかった敗者の歴史など不要、魔王を倒す俺の像でも建てろと、そう言ってな。」

「それは御大層なこって。」

「ようそんな暴挙を認めたのぅ。」

「あぁ、あんな軽薄な女ったらしが何をできるというのか私には理解できん。」

「耳が痛いな。」

「クリスタが主様をいじめおる。これはわらわが慰めてやらねばの。」

「そ、そういう事を言っているわけではない! 」


 焦る重戦士に少し笑ったあと、本題に戻さねばまたいらぬ話が積もるとまた仕切り直した。酒も入ってまだ顔も赤い彼女はこほんと咳払いをして立ち上がると勅命を下す騎士の真似事でもするかのように巻物スクロールを広げた。そして吟遊詩人のように朗々とそれを読み上げた。


神王の名に於いて勇者に勅命を下す。


汝、北の地へ向かい、古き魔の迷宮の最奥に潜む魔の眷属を滅ぼすべし。

王国の行末を左右する重大な任である。心してかかるべし。


神王 チェスター・ライオネル・アルドリッジ四世


 高そうな装飾の入った羊皮紙に金粉入りのインクでしたためられた極短い文章を剣士は鼻で笑った。


「間違いない、あのフランクの血筋だ。」

「なぜそう思うのじゃ。」

「報酬を書いてないからな。なんだかんだで誤魔化すつもりが透けて見える。」


 200年前の叙勲式でみたしみったれた顔を思い出す。あのケチな神王フランクは、いつも見栄えばかりは立派で報酬の書かれていない指令書をよこして、最低限度の金しか用意してこなかった。


「どうするつもりだ? 」


 少々不安そうなクリスタに、男は自信満々に答えた。


「受けるさ。王のためじゃなく、お前のためにだ。」

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