第44話 日和見の諸侯たち
通信を書き留めていた兵士は、何度か確認した後でムネモシュネ達に報告した。
「通信内容を報告いたします。『三日間の期限内に反逆者ムネモシュネ、ハヌマーン、ララアの首を差し出せ、さなければ、首都もろとも王宮を破壊する』以上の通信を繰り返しています」
ハヌマーンは小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、独り言のようにつぶやく。
「ガイア様も自分の王宮や王都を破壊するのは気が進まないと見える。我々が寄せ集めの集団だと思って寝返りを推奨しているわけだな」
ムメモシュネは動じない雰囲気で側近たちに話す。
「自分たちがあっさりと見限られたからそう考えたいのだろうな。しかし、
この王宮には頑丈な地下壕が作られている。マッドゴーレムが全力で攻撃したとしても破壊することは不可能だ。最終的には地上部隊で制圧するしかないから、その時に敵方は壮絶な犠牲を払うことになるだろう」
彼我の攻撃力の差を考えると、ムネモシュネ達の状況は厳しいのだが、地下壕に潜んで逆襲の機会を窺うと宣言するあたりは一筋縄ではいかないしたたかさを感じさせる。
彼方に見えるマッドゴーレムはしばらくの間、同じ通信を送り続けていたが、やがて通信を止めて待機モードに入ったように見えた。
「さあ、地下に籠城する準備を始めよう。もっともマッドゴーレムははったりで新たな条件を示して和解協議の使者がくることもあり得るがな」
ムネモシュネは見張りのための兵士を残して、本当に地下壕に籠るべくバルコニーを後にしようとしている。
貴史達も行きがかり上その後に続こうとした時だった。
階下から駆け付けた士官が、慌てた様子でムネモシュネに告げる。
「アレックス侯爵の軍勢がガイア近郊に到着しておりますが、我々に合流するわけでもなく、カイラスの新都から見て丘の陰になる辺りに布陣しています。他の周辺諸侯もガイア近くまで来たところで軍勢を止め、我々とガイア様の軍勢の戦いの趨勢を見守っているように思われます」
ハヌマーンは落ち着いた雰囲気で伝令として駆け付けた士官をねぎらう。
「ご苦労だった。本部で休んでくれ」
士官が足早に階下に姿を消すとハヌマーンはため息をついた。
「周辺諸侯は我々の呼びかけに呼応したとはいっても、ガイア様の軍勢と最初のさや当ての結果を見て、旗色の良い方に着こうという戦術のようですな」
ムネモシュネは周辺諸侯を味方につけて最終的には母親であるガイアや弟のブラフマーを殺すことなく政権交代を成し遂げるつもりだったはずだが、マッドゴーレムの登場で、その計画も水泡に帰したというのにさほど落胆した雰囲気ではない。
「彼らにしてみれば、生き延びるための当然の処世術だろう。初戦のさや当ての結果見も結構。我々が優位に立てば諸侯も再びなびくと言うものだろう」
ムメモシュネは強気の姿勢を崩さないが、マッドゴーレムを使って王宮や首都を破壊しつくされたのでは、ムネモシュネ陣営が優位に立っているとは見えないに違いないと貴史は密かに考える。
そして、貴史の考えを見透かしたようにララアが口を開いたのだった。
「ダミニさんが私の兄であるヴィシュヌのマッドゴーレムが保管されていると言っていました。わたしにそのマッドゴーレムを使わせてもらう訳にはいきませんか?」
ララアの言葉を聞いてハヌマーンは足を止めた。
「ふむ、ララア殿がマッドゴーレムの使い手であることは知っているが、兄上とはいえ、ヴィシュヌ様のマッドゴーレムを思いのままに使うことが出来るものかな」
ハヌマーンはマッドゴーレムを操るララアと対戦して煮え湯を飲まされているが今や二人は同盟関係にある。
ララアは自信のある表情でハヌマーンに告げた。
「私のマッドゴーレムとヴィシュヌのマッドゴーレムは王室付きの術師が作った共通の呪符が使われています。ヴィシュヌとゴーレムを取り換えて使ったこともあるくらいなので、ヴィシュヌのマッドゴーレムが現存していたら私は使えるはずなのです」
ムネモシュネも興味のありそうな表情で話に加わる。
「ふむ、マッドゴーレムにボコボコにされてから逆襲するよりも、マッドゴーレム同士の壮絶な戦いの末に勝利したら、われわれの優位が周辺諸侯に印象付けられるわけだな。やってみる価値はありそうだから、ダミニに命じてマッドゴーレムの所在を明らかにしよう」
貴史はララアたちの会話に聞き耳を立てていたが、戦況を左右するほどの存在があっさりと見つかるのだろうかという疑問が頭に浮かび、ヤースミーンに尋ねることにした。
「国の運命を左右するようなアイテムがそう簡単に発見できるものなのかな?」
ヤースミーンにしても明確に答えられる話ではないのだが、強いて明るい表情で貴史に答える。
「ララアのお兄さんがガイアレギオンの建国の祖であるだけでも驚きでしたが、レアなアイテムというものは大事にされて当然だと思います。きっと王宮のどこかに保管されているはずですよ」
貴史はヤースミーンの言葉を信じるしかなかった。
貴史たちが、作戦司令部として使われている大広間に戻ると、そこにいたガイアレギオンの守備隊上層部もマッドゴーレムの攻撃に浮足立っているのが感じられる。
ムネモシュネは大きな声で命令を発した。
「うろたえるな!ここにおられるララア殿が兄上であるヴィシュヌ様のマッドゴーレムを使って、ガイアの操るマッドゴーレムと戦ってくださることになった。決戦に備えて王都の市民をこの王宮の地下壕に避難させるのだ」
ムネモシュネの毅然とした態度に兵士も士官も落ち着きを取り戻し、ムネモシュネの命令に従い始めた。
その間に、ハヌマーンは貴史達を王宮の地下へと案内する。
ハヌマーンは地下深くへと降りて行き、やがて階段を降りた先に回廊が続き、その先を石造りの扉が塞いだ場所までたどり着いた。
扉の前では先に到着していたダミニが年老いた僧侶を相手になにか話し込んでいる。
「ダミニ!その先にマッドゴーレムを保管した場所があると言うのか?」
ハヌマーンが尋ねるとダミニは疲れた表情で答えた。
「この年老いた僧侶の話が正しければそのとおりです。しかし、私はこの人の言うことを到底信じることが出来ません」
ハヌマーンは少し苛立った雰囲気でダミニを問いただした。
「もう少しわかりやすく説明できないのか」
ダミニは自分自身の考えを整理するようにゆっくりとハヌマーンに告げた。
「この人は自称ダンジョンの門番なのですが、二百年近く前にヴィシュヌ様が地下の迷宮に籠るのを見送って、その後は門番としてこの扉を守っていると言うのです」
ヴィシュヌという名前を聞いてララアが息をのむのが貴史には感じられた。
異世界酒場ギルガメッシュの物語3 楠木 斉雄 @toshiokusunoki2018
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