第43話 逆襲のガイア

 やがて、城の中ではぐれていたタリーとヤンも合流し、ララアと貴史達と別室で休憩することになった。

 ムネモシュネがあてがったのはダイニングテーブルや別室にソファーセットを備えた一連の部屋で、その奥には寝室もいくつか備えている。

 一見して謁見に来た地方の有力者を滞在させる部屋のようだ。

「ララア様、今軽食をご用意させます。再開した皆さんとおくつろぎください」

 ダミニが部屋の入り口から顔をのぞかせて、ララアに告げるてから忙しそうに姿を消した。

 晩餐会の会場で暴れるハヌマーンたちと呼応して城に突入したダミニはあっという間に女王ガイア配下の守備兵を制圧し、自分たちの指揮下に置いたのだった。

 ララアは貴史達を部屋に招き入れると、身を投げ出すようにソファーに腰を下ろす。

「ムネモシュネさんの呼びかけに周辺諸侯が答えてくれたら、ムネモシュネさんの母君とも戦わずに講和に持ち込めるかもしれません。それはさておき私はみんなが駆け付けてくれたことを知って、すごく嬉しかったです」

 貴史達は思い思いにソファーに腰かけながらそれぞれが微笑を浮かべる。

「きっと私達も縁があってララアと接する機会を得たのだ。こうして再会できてうれしいよ」

 タリーが穏やかに答えた時、数名の侍女がお茶の道具を載せたトレイや、衣装ケースを抱えてララアたちのいる部屋を訪ねてきた。

 そしてその中には、ムネモシュネの侍女のバルカの姿も見える。

「バルカさん、無事だったのですね」

 貴史が尋ねると、バルカは侍女たちに指図をしながら答えた。

「私達はムネモシュネ様の屋敷に立てこもっていたのですが、ダミニさんの使いの方が来て、ムネモシュネ様が王宮を制圧したから手伝いに来てくれと言われて慌てて出て来たのです。ムネモシュネ様とララア様、それにハヌマーン様の着替えを用意しろと言われて慌てました」

 彼女の言葉通りに、侍女の一人はララアに着替えを持って来たので、ララアは衣装ケースを持って別室で着替えることになった。

 バルカは更にガイアレギオン様式のお茶の準備をして、貴史に振舞う。

 夕刻からクーデター騒ぎが始まったため、夜も更けてきたため小腹を空かせていた一行は思い思いにミルクとスパイスが入ったお茶とお茶菓子を楽しんだ。

「ホルストさんそのアルマジロ風の鎧、防御力高そうでいいですね」

 バルカが、ホルストが装備しているシーサーペントの皮を加工した鎧を褒めるが、貴史はアルマジロに似ているとは言わないようにしていたので慌ててホルストの表情を窺う。

「この鎧は、装甲との下に余分なスペースが結構あるので、敵の武器に装甲を貫通されても命拾いすることがあるかもしれないね」

 ヤースミーンはホルストが見た目よりも、実用性を重んじていることを見て取り、貴史に目配せをして微笑を浮かべた。

 着替えを終えたララアも加えて皆は歓談していたが、城全体を揺するような衝撃が一同を襲った。

 少し遅れて爆発音のような重低音が響き、皆は慌てて耳を押さえる。

 最初の衝撃が収まったところで、貴史達は状況を知るために再び城の大広間に向かった。

「何事ですか?」

 ララアが居合わせた士官に尋ねると、その士官は青ざめた表情でララアに答える。

「カイラスの新都にマッドゴーレムが出現し、我々がいる首都ガイアとの十数キロメートルの距離を越えて攻撃を仕掛けてきたのです」

「本当にマッドゴーレムなのですか」

 ララアが重ねて尋ねると、士官はうなずいて見せる。

「私は城のバルコニーから首都周辺の平野部を監視していたのですが、これだけの距離を隔てているのにカイラスの新都に巨大な人型が佇んでいるのをはっきりと見ました。そして目もくらむような閃光と共に、城壁の塔の一つが跡形も無く崩壊したのです」

 ララアは大きく目を見開くとその士官に命じた。

「私達をバルコニーまで案内してください。マッドゴーレムを確認します」

 士官は躊躇するように首を振るとララアに告げる。

「城にいるもの全員に地下の聖堂へ退避するように命令が出ています。バルコニーは何時攻撃を受けるかわからないから危険です」

 ララアはゆっくりと首を振ると士官に再び告げる。

「マッドゴーレムで本気で攻撃しているならば、この城を崩壊させるために五分もかからないはずです。きっと、威力を見せつけて交渉するつもりなのです。早くバルコニーに案内してください」

 士官は仕方なさそうにララアと貴史達を案内して城の中央階段を上り始めた。

 バルコニーは城の最上部から城の前の広場を見下ろす形になっており、国民を城内に招いて謁見するときに使える構造のようだ。

 そのバルコニーは退避命令が出ただけに人影は少ないが、見晴らしの良い辺りに数名が集まっている。

 貴史達が歩み寄ると、そこではムネモシュネとハヌマーンが数名の側近と共に平野の彼方にある小都市を眺めているのだった。

「ララア殿、それにシマダタカシ殿たちも来られたか。ガイア様は早速に切り札のマッドゴーレムを投入しましたな」

 ハヌマーンが指さす方向に目を凝らすと、地平線のあたりにある都市の輪郭にかぶさって小さな人型が見える。


 その人型からまばゆい光が発したと思った時、光の線が貴史達のいるガイアの都の城壁の近くの丘に伸びるのが見えた。

 街灯りを受けて仄かに見えていた丘はまばゆい光に包まれ大きな火球がそこから空へと立ち上がっていく。

「プーシーの丘が消失しました。周辺に炎が広がって行きます」

 その爆発の規模は核爆発に匹敵するほどのものだった。

 立ち上がった火球はやがてきのこ雲のように上空に立ち上り、成層圏の上限辺りでかなとこ状に広がっていく。

「ハヌマーンさん、私のマッドゴーレムを引きちぎった技であのマッドゴーレムをやっつけることはできないのですか?」

 ララアが期待を込めて尋ねるが、ハヌマーンは残念そうに首を振る。

「あれはマッドゴーレムを扱う術者の近くに忍び寄って、呪符を仕込んだマッドゴーレムの本体を引きちぎらなければなららない。この状況でガイア様の至近距離まで忍び寄ってマッドゴーレムを破壊することは難しい」

 ハヌマーンの返事を聞いてララアが少なからず落ち込んだのが見て取れ、平野の彼方ではマッドゴーレムが新たな動きを見せ始めた。

「申し上げます。マッドゴーレムが動いて手旗信号を送っているように見えます」

 ハヌマーンは感心したように彼方を見つめる。

「あの人形を動かして信号を送るとは器用なことをするものだ」

「呪符に仕込まれた基本の動き以外の動作をさせるには、術者が意識を飛ばして操らなければなりません。今頃あのゴーレムの術者本人はヨダレを垂らして倒れています」 

 ハヌマーンとララアがのんきな会話をしている間に、監視係の士官は必死でメッセージを書き留めていた。


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