第37話 走りトカゲのガイアレギオン風料理

ムネモシュネの邸宅は首都ガイアの中心部に位置している。


客室としてあてがわれた三階の窓からは目抜き通りの人通りを見渡すことが出来、リヒターとタリーは見知らぬ街への好奇心がつのるばかりだった。


「タリーさん、あっしはこれまで流浪の生活を続けてきたので、大概の国や都市は知っているつもりでしたがここは初めてですよ」


「うむ、折角初めての国に来たからには、ご当地の料理を食べてみない事には腹の虫がおさまらないな」


タリーの言い回しはヒマリア語としては少し間違っているが、タリーの気持ちを表すものとしては適切だと言えそうだ。


リヒターは手近にいたホルストを手招きして呼び寄せた。


「ホルスト、ちょいとひとっ走りしてムネモシュネの姐さんにあっし達が外出してはいけねえか尋ねてきてくれ。あっしやタリーさんが行くと微妙に軋轢が出来るかもしれねえが、ホルストならばその人徳でスルーしてもらえるところもありやすからね」


「了解しました」


ホルストは持ち前の素直さで、リヒターの言葉を額面通りに受け取ると、ムネモシュネの邸宅で自分たちがあてがわれた部屋を出て、ムネモシュネに外出許可を貰いに行った。


一連の成り行きを見ていた、貴史とヤースミーンがリヒターに話しかける。


「もし外出許可が出たら私達も一緒に出掛けていいですか?」


「ずっと船旅だったからちょっと目新しいところに出かけたいのですよ」


これまで最強の敵であったハヌマーン一と成り行きとはいえ停戦協定を結んで、日常仲良く接するようになったことで、貴史達は観光を楽しみたい気分になっていたのだ。


「もちろんいいですよ。むしろ黙って出かけると後で文句言われそうだからヤンさんやダガー使いの姐さんとそのお連れの方々にも声を掛けておきましょう」

早い話がネーレイド号から移乗した人々全員で会食に出かけようと言う話なので、貴史はそう簡単に許可を出してもらえないのではないかと危ぶんでいた。


しかし、ホルストは使い走りに出てからさほど時間が経過していないうちに戻るとリヒターに報告する。


「ムネモシュネさんは出かけてもいいと言っていますよ。ただし、屋敷にいる間は安全を保障するが町に出たら自分の身は自分で守ってくださいと言っていました」


「フムそれでは、市街地に出かけて夕御飯を食べるという極めて平和な目的のもとに出かけることにしよう」


タリーは満足そうな表情でつぶやき、貴史達はガイアレギオンの首都に晩御飯を食べるために繰り出すことになった。


賑やかな雰囲気でムネモシュネ邸から街に繰り出そうとする一行を見て、ムネモシュネの侍女バルカは一言忠告する気になって声を掛ける。


「みなさん、外出中は離れ離れにならないように気を付けてくださいね。トラブルを起こされると、救出するのに苦労するかもしれませんから」


「そうだな。羽目を外し過ぎないよう気をつけるので、バルカさんおすすめの美味しいものが食べられる店を教えていただけないかな?」


タリーの答えを聞いたバルカは彼らの目的がグルメツアーだと察しがついたため、美食のために出かけるならと安心し、美味しい店を教えてあげることにした。


「この国の伝統料理を食べたいならば、中央通りから少し西に入ったところある「ナーナック」に行くといいですよ」


バルカは親切にムネモシュネ邸からのナーナックまでの簡単な地図まで書いて手渡した。


タリーは地図を見ながら嬉しそうに礼を言う。


結局、ネーレイド号からパールバティー号に乗り移った貴史達は揃って街に繰り出すことになった。


「パロの都も賑やかでしただけど、この町はまた趣が違いますね


ヤースミーンが話しかけると、貴史は温厚な雰囲気で答える。


「そうだね。パロの街は種々様々な人々が行き交っていたっていたけれど、この町はもっと整然とした雰囲気があるね」


貴史達の一行は観光気分でガイアの街並みを眺めながら大通りをそぞろ歩き、バルカが教えてくれたレストランを目指した。


バルカのメモを手にしたタリーは、地図の見方がよくわからず道を間違えたものの、どうにか目的のレストラン「ナーナック」に辿り着いた。


店内は貴史の感覚で言えばエスニックな雰囲気で統一され、スパイスの香りが立ち込めている。


店の入り口には身長二メートルほどの爬虫類型の魔物のはく製が置かれ、貴史は剥製と気づかずに驚いかされた。


「困ったな、メニューを渡されても何と書いてあるかわからない。誰かガイアレギオンの文字を読める人はいないかな」


ウエイトレスに案内されて席に着いたタリーは自分が読めない文字のメニューを片手に他のメンバーを見回したが、反応したのはセーラとソフィアだった。


「私はメニューくらいならどうにか読めるかな。最初に書いてあるのがおすすめ料理でタンドリーリザードとあるみたいね」


セーラが説明すると、横からメニューを覗き込んだソフィアが補足する。


「セットメニューがバターリザードのカリーに食べ放題のナンとサラダが付くみたいですよ」


二人は何事も無いかのように説明するが、貴史とヤースミーンはリザードという単語が引っかかった。


「そのリザードというのは何のことなのですか?」


ヤースミーンの質問に、セーラはそんなことも知らないのかという雰囲気で答える。


「入り口に剥製が置いてあったでしょう。この店は魔物の走りトカゲの料理を名物にしているのよ。きっとバルカさんがタリーさんの嗜好に合わせて紹介したのね」


貴史とヤースミーンはここでも魔物の料理が登場することにげんなりしたが、もはやあきらめの境地で新しい食材にチャレンジするほかなかった。


タリーをはじめとする一行はセーラとソフィアがメニューを翻訳することでオーダーすることが出来、注文した品物は待つほどもなくウェイトレスが運んで来た。


「このタンドリーリザードは美味しいですね。鶏肉に似ているけれどもっと味が濃くてそれでいて癖がない」


貴史が感想を漏らすと、リヒターが話に乗る。


「そうでやすね。あっしもドラゴンの肉を最近食べ始めてあれはあれで気に入っているのでやすが、このトカゲの魔物は味がひときわ濃いのにそれでいて癖がない。タリーさんがいろいろな食材を試したいと言っていた意味が分かるようでやすよ」


その会話を聞いていたペーターは酒場の経営者らしい感想を漏らした。


「わしはセーラちゃんの一大事やったから自分の店も放り出してこんなところまで来てしまったけれど、走りトカゲみたいな珍しいものが食べられたら満足というところやね。それにここの料理は珍しくて勉強になるわ。帰ったら新しいメニューとして追加したいくらいや」


「そうだね。私も自分の店に戻ったらここのテイストを取り入れてみるよ。経営者たるもの新たな味覚の開発は大事なことだね」


タリーも同じようなことを考えていたらしく二人は経営者同士で盛り上がっている。


貴史達は追加のオーダーもして、すっかりナーナックに長居してしまった。


夕食には早いくらいの時間に店に入ったのに店のマネージャーにラストオーダーの勧告をされる時間まで飲食していたのだ。


貴史がそろそろ皆を連れて戻らなければと考えていると、店にムネモシュネの侍女のバルカが駆け込んでくるのが見えた。


その表情を見た貴史は何か良からぬことが起きたのではないかと胸騒ぎを感じたのだった

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