第38話 招待状は死の宣告?

貴史はバルカに近寄ると、小声で尋ねた。


「バルカさん何かトラブルがあったのですか」


バルカは心なしか青い顔をして貴史に答える。


「ムネモシュネ様が母君のガイア様に呼び出されたのです。それも晩餐会を催すからララア様を伴って王宮に来るようにという急なお話でした。晩餐会に招待する場合はかなり前から招待状を送るのが通例でそうしないと招待された側も服装の準備等が間に合わないのです。それ故今回のご招待は晩餐会を偽って呼び出してムネモシュネ様たちを処刑するつもりかもしれないと皆心配しています」


貴史はバルカの話を聞いて疑問に思ったことを訪ねる。


「今、ララアを連れてくるように言われたと言いましたけど、ムネモシュネさんはお母さんにララアのことを知らせていたのですか?」


バルカは表情を暗くして貴史に答える。


「いいえ、むしろララア様の存在は秘密にしていたので、何故ガイア様がララア様のことを感知されたのかが私もものすごく気になっているのです。しかし、ガイア様に招待されたにもかかわらず晩餐会に出席しなければ、謀反の意思があると見なされて兵をあげて討伐される可能性もあるため、ムネモシュネ様はやむなくララア様とハヌマーン様のお二方だけを伴って王宮に向かわれました」


貴史はガイアレギオンの王室の事情は知らないが、ムネモシュネやララアが危うい立場に置かれていることは何となくわかる。


バルカは近くに来たヤースミーンと貴史に真剣な表情で告げた。


「もしかしたら、ムネモシュネ様はガイア様の配下に捉えられて命を落とすかもしれません。あなた方はムネモシュネ様の屋敷には戻らないで、港に係留されているパールバティー号に逃げてください。ムネモシュネ様の屋敷に運び込まれていたあなた方の荷物は既に波止場まで運ばせています」


それまで賑やかに飲食していた貴史達の一行はいつの間にかバルカの周りに集まって聞き耳を立てていた。


身一つで世渡りをしている人々ばかりなので、状況の変化には敏感なのだ。


「よく知らせてくれやしたね。あっしはここの支払いを済ませたらバルカさんのお言葉通りに波止場に走ってパールバティー号でこの地を離れるのが良いと思いやすが、皆さんはどう思いやすか」


リヒターは日ごろからまとめ役として働いているためか皆の想いを代弁するように話し始める。


「うむ、私もリヒターさんに賛成だ。事は急を要するみたいなのでパールバティー号に戻ることに賛成する人は挙手してくれないか」


タリーも真剣な表情で皆に語り掛け、居合わせた人々は全員が手をあげていた。


「よっしゃ、船に戻ることには賛成やけど、ここの支払を済まさなあかんな」


ペーターは自分が会計係をするつもりで声を掛けたのだが、バルカはそれを遮った。


「ムネモシュネ様の名前で付け払いが出来ますから皆さまはこのまま波止場に向かってください。店主には私が話しておきます」


リヒターを先頭にして居合わせた人々は口々にバルカに礼を言いながら店を出て行く。


バルカは自分が話した通りに、店主に支払方法を説明して立ち去ろうとしたが、ヤースミーンが彼女を呼び止めた。


「バルカさんも一緒に逃げませんか。もしもムネモシュネさんが捕えられたのならば屋敷に戻ればあなたの身も危ないのではありませんか」


「いえ、私はムネモシュネ様のためにも屋敷を離れるわけにはいきません」


バルカは硬い表情でヤースミーンと貴史にいとまを告げ、貴史達は仕方なくバルカと別れて波止場に急ぐことにした。


ガイアの都も日が暮れると人通りが少なく、貴史達は裏通りを選んでゆるい下り坂を波止場へと向かった。


波止場までは誰にとがめられることもなくたどり着けたが、大型の船にはそれぞれに兵士たちが見張りについていた。


貴史達が乗ってきたパールバティー号は、修理のためにドック入りが決まっており、波止場の一番はずれに係留されていた。


貴史は他の船の見張りの兵士と距離が離れていることが幸いに思えた。


「シマダタカシの旦那、パールバティー号の見張りは波止場に二人、甲板に一人しかいないようですぜ。まずは波止場の見張りに忍び寄ってその喉首を掻き切ってから船に乗り込み残りの一人を片付けることにしやしょう」


リヒターは事も無げに言うが、貴史はいきなり見張りを殺すことは気が進まない。


「あの二人は波止場方面を監視しているのだから、気が付かれないように忍び寄るのは難しいと思うよ。乗客のような顔をしてボーディングブリッジに行き、近くまで行ったところで隙を見て殴って気絶させよう」


貴史の提案を聞いて、リヒターは感心したように両手をあげる。


「やはりシマダタカシの旦那は人間が出来ておられる。ガイアレギオンの衛兵とて家族がいるかもしれやせんからね。ご提案の通り、生け捕り作戦で行きましょう。みんな美味しいものを食べて満足した雰囲気で穏やかに乗船し、隙を見て奴らを眠らせることにしやしょう」


リヒターが提案すると皆はそれぞれにうなずき、レストラン帰りの観光客風に歓談しながら大型帆船のパールバティー号に向かった。


先頭を歩くのはセーラで波止場で見張る兵士達に愛嬌を振りまきながら通り過ぎ、ソフィアがそれに続く。


セーラに鼻の下を伸ばしていた兵士たちは、貴史達が通り過ぎるのを見ているうちに本来疑問を抱くべきだったことに気が付いた。


「お前たち、この船はドック入りする予定なのに乗客が戻ってくるのはどういう事なんだ」


貴史は、兵士たちに答えることもせずに背中に背負った剣を鞘から抜くと頭上に振りかざした。


ドラゴンバスターソードを振り上げた姿は威圧感十分だ。


「抵抗するつもりならば生かしておくわけにはいかないな」


年かさの兵士も貴史に応じて剣を抜き、もう一人の若い兵士もそれに倣ったが、二人とも背後から後頭部に強烈な打撃を受けて昏倒していた。


タリーとヤースミーンがそれぞれ刀の鞘と杖で兵士たちの後頭部をしたたかに殴りつけたのだ。


「お前たちやはり反乱軍だな」


船上にいた兵士が仲間を呼ぼうとした時に、セーラが手刀を兵士の首に叩きつけ、その兵士も崩れ落ちた。


「制圧完了でやすね、次は船長を探し出してこのまま出港するように説得しやしょう」


リヒターがホルストを伴って船室内に駆け込んで船長を探したが、何処を探しても船長は見つからなかった。


雰囲気を察した船員たちは甲板に集まって、貴史達の様子を恐ろしそうに見つめているが、リヒターたちが船長を探していることに気が付いた船員の一人が言った。


「すいません。船長はムネモシュネ様が開祖様の妹を騙る偽物を押し立てて、ガイア様に謀反を企てていると王宮に密告したのです」


「あいつが裏切ったのか」


貴史は船長のとぼけたような顔を思い出して、怒りが沸き上がるのを感じるのだった。

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