第16話 パロの港にて
ネーレイド号の航海が終わりに近づき、行く手にはパロの都が見え始めた。
パロの都は港に始まり緩やかな丘の上に市街が広がり、小高い丘の上に王宮がそびえている。
市街を形作る家々は白壁とオレンジ色の屋根瓦が多く、貴史はエーゲ海のほとりの都市を連想した。
「シマダタカシ凄いですよ。ほら、あんなに沢山家がある。パロの都ってすごいですね」
貴史達が住んでいたヒマリアの国は、北の果ての小国であり、首都のイアトぺスも城壁に囲まれたこじんまりした都市だった
パロの都の明るい空の下でコバルトブルーの海から丘の上に連なる家並みは異国情緒を感じさせるに違いない。
ヤースミーンはウキウキした様子を隠さない。
「そうだね、こんなきれいな街に住んでみたいくらいだ。セイレーンの料理で酒盛りをしても誰もお腹を壊さなかったし。これからツキが回ってきそうな気がするよ」
「僕はとにかく早く船から降ろしてもらいたいよ」
船酔いが治まらないヤンは港に着くのを待ちわびる表情だ。
やがて、ネーレイド号は帆を降ろして船足を落としながらパロの港に入港した。
「水先案内人の指示に従って岸壁を目指せ、正午までには接岸するぞ」
ネーレイド号副長のカールは港の外で小船から乗り移った水先案内人と共に船員を指揮し、ネーレイド号を岸壁へと寄せていく。
甲板上ではアンジェリーナがパロの都の来賓たちと打ち合わせに余念がなかった。
「皆さん長旅お疲れさまでした。接岸した翌日から商品見本市を開きたいですので、会場の準備をお願いします」
「あら、私達もしばらくここを留守にしていたのだから明日会場を押さえろと言われてもそう簡単には出来ないわ。そんなこともわからないのかしら」
商工会長のジョセフィーヌは笑顔を浮かべてはいるが、嫌味な発言でアンジェリーナの出鼻をくじく。
「ジョセフィーヌさん彼女たちはあんな辺鄙な漁村から出てきたのですから街のルールなんてわかる訳がありませんよ。勘弁してあげてください」
女性のバイヤーもアンジェリーナを擁護するようでいて、実は見下している。
「私は別に豪華ホテルを貸し切りにしろと言っているわけではないですから、港の広場の一角を占有させていただいただくだけでもいいのですが」
アンジェリーナは妥協案を出したつもりだったが、ジョセフィーヌは冷たく応じた。
「そんな無様なことをされたら、私の顔がつぶれるわ。もう一日待てばちゃんとした会場を用意してあげるからその間にしっかり準備しなさい」
「それに迂闊に商品市なんか開いて他の商人に嗅ぎつけられないようにしてくれよな、この商材は俺たちの専売にさせてもらう代わりに売り先はしっかり開拓してやろうって言う話だろ」
パロの港に到着した途端に、バイヤーたちは態度が大きくなりアンジェリーナは対応に苦労している。
「それじゃあ、商品市は明後日から開催としますので準備はよろしくお願いします」
アンジェリーナが折れるとようやくジョセフィーヌは態度を軟化させた。
「そうそう、パロの街のことはまず私たちに伺ってから計画を決める方が賢いわよ」
アンジェリーナは意外ときつい商工会長に辟易しながらもどうにか話がまとまりそうなのでほっとしていた。
その脇では、セイレーンにかつての恋人の姿を思い出させられて微妙にダメージが残っているタリーがぼんやりとパロの都を眺めていた。
「この街は私の故郷の南フランスを思わせるものがある。美味しいビストロを見つけて、久しぶりに人が作ってくれる美味しい料理を食べたいな」
腕のいい料理人と言えども、他人が作る美味しいものを食べるのは得難い体験なのだ。
タリーは心の空白を食欲で埋めるタイプの男だった。
「シマダタカシ、ヤースミーン、パロの街を見物に行こうぜ」
船が接岸すると俄然元気を取り戻したヤンが言う。
「船旅が長かったから、とりあえず陸に上がりたいね」
「私はパロの街でショッピングするのが楽しみです」
貴史とヤースミーンも街への関心は高く、3人は、ネーレイド号が係留するのと同時に街へ出かけることになった。
その様子を見たリヒターは、やんわりと忠告した。
「お三方とも、財布をすられねえように気をつけてくださいよ。都会に出れば近づいてくる奴はスリだと思えと言うくらいでやすからね」
「この街で使っている通貨はヒマリアと同じクマだけど、物価が高いから気を付けるのよ」
アンジェリーナも田舎者丸出しの3人に危なっかしさを感じている。
しかし、貴史達はリヒターとアンジェリーナの気配りを適当に聞き流して街に繰り出したのだった。
そもそも、波止場は入港した船の荷物が陸揚げされたり、物売りが船に押しかけたりして賑やかだが、更に街の中央に足を踏み入れると、喧噪は更に激しくなった。
「シマダタカシ、はぐれないようにしてくださいね。この人混みで離れ離れになったら探すのは大変です」
「もしもはぐれた時は、むやみに相手を探すよりも、各自で船に戻ることにしたらどうかな」
貴史が提案するとヤンがうなずく。
「それがいいかもしれない。相手を探しているうちに、自分が迷子になりそうだからね」
3人は、くっつき合うようにして、大通りの両側にビッシリと並んで店開きしている露店を眺めて歩いた。
露天で売られているのは、名前もわからない野菜やフルーツ、それに魚介類に正体不明の肉もある。
異国情緒たっぷりな衣装の店もあれば、武器や防具の店も幅を利かせていた。
そして、通りを歩いているのは人だけではなく、エルフやオーク、はては獣人の類まで混じっている。
「都会はいいですね。これだけ人がいればタリーさんが酒場兼レストランを開業したら、どんどんお客さんが来て、料理を作るのが追い付かないかもしれませんね」
ギルガメッシュの経営を影で支えていたヤースミーンは商人のような目で人混みを見ている。
貴史は、オープンカフェ風に飲み物を提供している露天のウエイトレスにみとれていて、ヤースミーンに耳を引っ張られた。
その時、ヤンの叫び声が響く。
「泥棒!俺の財布を返せ!」
貴史とヤースミーンの間をすり抜けるようにして、小柄な人影が駆けて行くのが見え、その手にはヤンの財布が握られていた。
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