第17話 バザールの喧噪
「待て、そのまま逃げても俺は必ず見つけ出せるんだぞ。諦めて俺の財布を返せ」
ヤンはよくわからない理屈を叫びながらスリの後を追った。
ヤンが小柄な人影の後を追って走ると、大通りにあふれた人混みが二つに割れたように道が出来ていく。
貴史とヤースミーンも引き離されないようにヤンの後を追って走った。
「ヤン君は魔法でも使っているのかな?人混みが真っ二つに割れていく」
「その可能性はありますね。意図しないうちに周囲の人々の意識に干渉して避けさせるくらいのことはヤン君ならやってのけるでしょう」
ヤン君はいつもの雰囲気と違い飛ぶように走り、貴史とヤースミーンは息を切らせながら彼の後を追う。
パロの都のバザールではスリ騒動など日常茶飯事らしく大通りにひしめく人々は速いスピードで走る貴史達を迷惑そうな顔こそしても、スリを捕まえようとは思わないようだ。
「ヤン君が路地に入りましたよ」
「僕たちもあとを追わなければ」
貴史とヤースミーンが路地に入り込むと、ヤンが路地に面した建物の裏口と思える扉から中に飛び込むのが見えた。
貴史が開いたままの扉の奥を窺うと、薄暗い通路とその奥に更に扉が見える。
貴史とヤースミーンは顔を見合わせた。
扉の向こうからは言い争う声が聞こえ、声の主の一人はヤンのようだ。
「この扉の向こうにいるみたいだな」
貴史が様子を見ていると、ヤースミーンがけしかける。
「シマダタカシ、踏み込むんです」
貴史が勢いよくドアを開けると、その向こうは酒場となっていた。
エルフや獣人の類が昼間からたむろして火酒を傾けており、カードを使った賭博に興じているようだ。
その中で、ヤンがトロールと思しき人影ともめていた。
「この中に俺の財布を盗んだスリが逃げ込んだんだ。財布さえ戻れば別にそれ以上の処罰を求める気はないから匿ったりしないでこちらに引き渡してくれ」
「さっきから何回言うたらわかるんや、そんな奴はここにはいてへんのや、足元が明るいうちにさっさとかえり」
トロールはスリが逃げ込んだことを否定するが、ヤンは食い下がっていた。
「正直に話してくれないと、俺の所属するドラゴンハンターチームの刃刺しが尋問することになるぞ。おまけにそっちにいる魔道士は俺の幼馴染だが、ヒマリアで火炎の魔法を使わせたら右に出るものはいないと言われる「紅蓮のヤースミーン」だ。彼女が通った後には消炭しか残らずペンペン草も生えない」
ヤンは酒場を仕切っているトロールをビビらせて、スリの居場所を聞き出そうとしている様子だ。
貴史は、話をあわせるために背中に背負っていた邪薙の剣を抜くと軽く振り回してみせる。
「何を言うてるねん。そんな貧相な若造とチンチクリンな小娘がガイアレギオンを追っ払ったシマダタカシとヤースミーンな訳がないやろ。ええ加減なこと言うてたらうちの用心棒が簀巻きにしてパロの港に放り込むで!港の水はさぞ冷たいやろな」
貴史は、自分たちの名がこんな遠くの街でも知られていることに驚いたが、チンチクリンと言われたヤースミーンから怒気を孕んだオーラが立ち昇るのを感じた。
このままではヤースミーンは本当に店を消炭にしかねない。
「紅蓮のヤースミーンを怒らせるような真似をしてどうなっても知らないぞ。話を聞く気が無いなら、財布の場所は俺が自分で突き止める」
ヤンは、何かの呪文を唱え始めた。
ヤンが使おうとする魔法は簡単なもので、ヤンは一瞬で魔法の効力を開放し、それと同時に酒場の中にけたたましい笑い声が響いた。
「俺の財布は実は、笑う巾着なんだ。普段は封印の魔法で大人しくさせて財布として使っているが、封印を解けば笑う巾着に戻る。どうやらその壁の辺りにいるようだな」
「笑い声がしたからと言って、お前の財布やという証拠にはならへんやろ。悪いことは言わんさかい、もう帰り!」
トロールは強引にヤンを追い返そうとするが、酒場のお客達がヤンの肩を持ち始めた。
「そういえば猫耳の女の子が店に駆け込んできたよな」
「そうね。たしかその壁のドアに入って行ったと思うけど」
酒場の壁は石造りだが、小さなドアが取り付けられた箇所があり、収納庫として使っているようだ。
「ヤースミーン、そのドアを燃やしてしまえ!」
「はい」
ヤースミーンはチンチクリン呼ばわりされた鬱憤を魔法に託して小さなドアに開放し、ドアは瞬時に燃え上がった。
「何すんねん。お前らそんなことしてただで済むと思うてんのか」
貴史はトロール相手に立ち回りが始まることを予期して剣を構えるが、トロールはその外見と、発言内容の割に手を出す気配はない。
扉が燃え、煙が酒場に充満し始めたので、辟易した客たちは店から立ち去り始めた。
「セーラさん、お客様を外に誘導してください。ついでにお代をいただくのを忘れるないでくださいよ」
「はいよペーターさん」
酒場の店員らしき女性が煙に追われた客を誘導しながら飲食した代金を取り立てて行く。
貴史は自分たちが戦乱や魔物との戦いに明け暮れて、人が集まる都会で要求される立ち居振る舞いから逸脱していたことを意識した。
その時、燃えている扉が内側から吹き飛び、中から人影が転げ出た。
「あち、あち、あち!」
少女は銀髪から猫耳が呼び出した獣人系の容貌で、激しく咳き込んでいる。
ヤンは少女を見下ろすと冷ややかな口調で少女に告げた。
「俺の財布を返して貰おうか」
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