第5話 ララアの消息
ドラゴンハンティングチームの食事に加わった村人たちは旺盛な食欲を示したが、アンジェリーナは、最初はクラーケンの料理に手を付けようとしなかった。
しかし、他の村人たちがおいしそうにクラーケンのパスタやフライを食べるのを見て、クラーケンの墨パスタの皿に手を伸ばす。
貴史は村が陥落寸前だったことに改めて気づいた。
村人はクラーケンを相手にした籠城戦に疲れ、食料もつきて飢えていたのだ。
アンジェリーナは嫌悪と空腹がないまぜになった視線でクラーケンの墨パスタを眺めていたが、恐る恐る口に運ぶ。
一口食べるとアンジェリーナは意外そうな表情をうかべ、クラーケンの墨パスタを次々と口に運び始めたが、自分を見ていた貴史の視線に気づくと罰の悪そうな顔をする。
ヤースミーンはそんなアンジェリーナの横に腰を下ろすと、微笑を浮かべながら話しかけた。
「私はヤースミーンと言います。私も魔物の料理を始めて食べるときはドキドキしました。もしかしたらミスリル神のお怒りに触れて魔法が使えなくなるのではないかと思ったものです」
アンジェリーナは魔導士のローブを着たヤースミーンの容姿を見ながらつぶやく。
「そう、あなたたちも最初から喜んで魔物を食べていたわけではないのね」
「ええ、ドラゴンハンティングを始める前は、私とあそこにいるシマダタカシは魔物料理を売り物にした酒場で働いていたのです。魔物が好きなのはそこのオーナーシェフのタリーで、彼が魔物を食べることを私たちに教えたのです」
アンジェリーナは、クラーケンのフリッターにも手を出すとゆっくりと咀嚼して飲み込んでから言う。
「タリーさんという人はきっと変わり者なのね。でも料理の腕は良いと思うわ」
ヤースミーンはアンジェリーナにうなずいて見せると話を続ける。
「さっき雷の魔法を使っていたのはアンジェリーナさんですか」
「ええそうよ。村を襲っていたクラーケンを焼き払ったのはあなたね。城壁も燃えてしまったけれどすごい威力だと思うわ」
アンジェリーナはクラーケンの墨パスタを食べながら答え、ヤースミーンは城壁を燃やしたのが自分だと見抜かれて一瞬固くなったが、アンジェリーナが咎めているわけではないと気が付き話を続ける。
「アンジェリーナさんの魔法はやはりミスリム神の教えに基づいたものですよね」
「もちろんそうですよ。火と水の調和にかけてミスリムの魔法です。ただ」
アンジェリーナは一度口ごもってから、
「今回の戦いの前に巨大なクラーケンに村を襲われたこともあり、その時は旅の少女がクラーケンを撃退してくれたのです。しかし、その少女が使った魔法は、私の知らない魔法体系に基づいたものでした。助けられておいて言うのもなんですが、異教の魔法だったのです」
ヤースミーンは驚いてアンジェリーナに尋ねる。
「その少女は名前がララアでスライムを連れて旅をしていたのではありませんか」
「そうそう、確か名前をララアと言っていたわ。そのスライムはよく調教されていての彼女を乗せるとものすごいスピードで走るのです。ララアさんはそのスライムをスラチンと呼んでいました」
貴史は話をよく聞こうとヤースミーンとアンジェリーナの近くに移動したが、同じことを考えたらしく、タリーもそこに寄って来る。
「私たちのチームはドラゴンハンティングをしながら彼女を探しているのです。ララアがこの先どこに行くつもりかお聞きになりませんでしたか?」
「さあ、私たちは村を救った恩人として歓待していたのですが不意に姿を消してしまったので、どこに向かったかはわかりません」
アンジェリーナは、自分を見つめる貴史とタリーに気づいた様子なので、ヤースミーンは紹介した。
「私の連れでドラゴンハンティングチームの刃刺しを務めるシマダタカシと、魔物を料理したタリーさんです」
アンジェリーナは貴史とタリーに会釈すると、タリーに言った。
「クラーケンを食べるなんて、この上無く悪趣味な行いだと思いましたが、すごく美味しいです。あなたの料理の腕が良いのですね」
タリーは微妙に照れた雰囲気で答える。
「いやあ、それほどでもないですが、食べていただけて光栄です」
アンジェリーナは貴史にも温厚な雰囲気で礼を言う。
「先ほどは団長のリヒターさんに失礼なことを申しました。ドラゴンハンティングの人達なのに私たちに救援の手を差し伸べてくれたのですね。素性が知れぬ相手と簡単になれ合う訳にはいきませんのできつい話をしましたが、改めてお礼を申し上げます」
「いいえ、これから仲良くしていただけるならお安い御用です」
クラーケンと戦った際に、貴史達はほとんど損害を出していないので、友好関係を気づいてハンティングの拠点ができれば、メリットは大きい。
「食事をしながらでいいですからララアがあなた方を助けて巨大クラーケンと戦った時のことを聞かせていただけませんか」
貴史が尋ねると、アンジェリーナは言われたとおりにゆっくりと食事をしながら、巨大クラーケンに襲われた顛末を話し始めた。
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