第6話 クラーケンの洞窟

「私たちの村はご存じのように、漁業で成り立っています。でも、魚を取ったとしても、あまりに辺境にあるため、干物にしない限り売りに行くことも叶わず、現金収入は限られていました。本当は南方のパロの港へ結ぶ海運業を行いたいと思っていたのですが、大きな船を係留するための港がないため諦めていたのです」


貴史は、戦いの前に見た川の河口付近の船溜まりに係留された数十隻の小舟を思い出した。


「もしも、この村から南方のパロの港まで船で運んでくれたら、この村が栄えるだけでなく、ヒマリアの人々だって喜ぶと思いますよ。ここから南の山脈を越えていくのは大変ですからね」


ヤースミーンが話を合わせると、アンジェリーナは表情を緩める。


「私達は大型船を係留できる港を持つことは敵わない夢と思っていたのですが、ある日村の近くの岩山の中に巨大洞窟が発見されたのです。その洞窟は海に面して大きな開口部があったのですが、切り立った断崖の下にあるため私たちの目に触れず、陸側には出入り口がない状態だったのです。ところが大雨で土砂崩れが起きた時に、洞窟から続くトンネルの一部が見つかり、内部にある巨大洞窟も見つけることが出来ました。洞窟内は海から続く深い入り江となっており、大型船を建造すれば格好の港として使える洞窟だったのです」


「それでは、そこで大型船の建造を始めたのですか」


貴史が尋ねるとアンジェリーナはうなずいて見せる。


「嵐でも大型船を安全に係留できる港が思いがけずに手に入ったので私たちは大喜びしました。早速洞窟内に資材を運び込んで船の建造を始めました。私たちは村の繁栄を手に入れたと信じていました」


話の流れとしては、上手くいきそうなのだが、そこでクラーケンが登場したのだろうかと貴史は考えた。


「うまくいきそうだったのに、クラーケンが邪魔をしたと?」


貴史が尋ねるとアンジェリーナは悲しげな表情を浮かべ、同行した村人たちも一様に暗くなる。


「もうすぐ船の進水式を行おうというときに、洞窟に巨大なクラーケンが現れたのです。その大きさは港にしようとした洞窟内の水面を覆いつくすほどでした。私たちは巨大なクラーケンを相手に必死に戦ったのですが、私たちの武器や魔法では刃が立たず、多くの村人が命を落としたのです」


「どうやって巨大クラーケンから逃げることができたのですか」


ヤースミーンが尋ねた。


「洞窟から村への通路は狭いので、クラーケンは通過できません。私たちはどうにか連絡通路から逃げたのです。ところがクラーケンは海側から洞窟の外に出ると、海岸から上陸して村を襲撃しました。私たちは村の城壁を使って襲撃を防ごうとしたのですが、クラーケンの攻撃に持ちこたえられそうにありませんでした。城壁を突破されそうになった時に、旅の途中で村に逗留していたスライムを連れた少女がクラーケンに立ち向かってくれたのです」


どうやら、ヒマリアから南方に向かったララアがこの村に立ち寄っていたようだ。


「ララアと名乗る少女はものすごい冷気の魔法を使い、クラーケンのは凍り付きそうになって海に逃げ戻ったのです。その後、少女は海岸の洞窟を使うことは諦めるように告げたのですがいつの間にか私たちの元から姿を消しました。きっと、一人で南の山脈越えに旅立っていったのです。」


「それでは、村を襲っていた沢山のクラーケンは、時間を空けて攻めt来たということなのですか」


ヤースミーンが尋ねると、アンジェリーナは自虐的な雰囲気で言う。


「ララアの忠告にも関わらず私たちは洞窟をあきらめることが出来ませんでした。巨大クラーケンはララアと戦った後に再び洞窟内に戻っていたのですが、冷気にやられてひどく傷付いていると思えました。私たちは洞窟内に煙を送り込んでクラーケンを追い出そうとしたのです。ところが今度は人ほどの大きさの小ぶりなクラーケンが大量に海岸から上陸して村を襲撃してきました。城壁を取り囲まれて私たちが疲弊しきっていた時にあなたたちが現れたのです」


貴史は洞窟にいるという巨大クラーケンが気になっていたのでアンジェリーナに尋ねてみた。


「巨大クラーケンは今でも洞窟内にいるのでしょうか」


アンジェリーナは食べ終わった皿をテーブルに置くと貴史に答える。


「私たちは城壁内に閉じ込められていたので、その後どうなったのかわかりません。クラーケンに気づかれないように、偵察してみましょう」


アンジェリーナがすぐにも洞窟に行く気の様子でその場で立ち上がったので、貴史は慌ててヤースミーンにご意見を求めた。


「ヤースミーン、いきなり見に行ったら巨大クラーケンを刺激することにならないかな」


「私もクラーケンの生態には詳しくないので何とも言えませんね。気づかれないようにこっそり行けばいいのではないでしょうか」


ヤースミーンはこういう時には意外と強気なものの見方をすることを思い出し、貴史は尋ねたことを公開したが、もうすでに遅かった。


ヤースミーンとアンジェリーナは気が合う様子で、並んで海岸に向かって歩き始め、アンジェリーナに同行していた村人も続く。


貴史は仕方なく一行の後を追い始めた。


「シマダタカシ俺も一緒に行くよ」


タリーが貴史を追ってきたのを見て貴史はむしろ心配が増す、彼の場合は巨大クラーケンを見ても食材としか考えない可能性が高かったからだ。


ヤヌス村の海岸は村の近くを流れる川の周辺以外は険しい山が海岸まで迫り、海際は波に侵食されて高い崖が連なっている。


アンジェリーナはヤースミーンを案内して洞窟への入り口があるという山の中に分け入り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る