【1-2】 歓迎会

【第1章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700427139187640

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 レイス隊では、ヴァーラス城の姫君の身柄を秘密裏に預かっている。


 同隊では、アシイン=ゴウラ少尉の発案で、彼女のささやかな歓迎会を催すことになった。


 音に聞くいたいけな少女を間近で眺めたい――ゴウラたちのよこしまな心根が見えなくもないが、副長のキイルタ=トラフ中尉も率先して協力を申し出た。


 もっとも、参謀部員で最初に少女と遭遇したのは、かくいうゴウラなのだが、「お化け騒動(詳細は後述)」で、それどころではなかったのだ。


 会を催すには、日中彼らが詰めている城内の参謀部や、寝泊りしている旧領主邸では、さすがに勝手が悪い。少女は護衛を付けてお見送りしたと、参謀長以上には報告しているからだ。


 そこで、黒髪美しい中尉殿は、街はずれの一軒家を確保したのである。ここであればこの先、少女をかくまうのにも好都合であった。



 生花などでわずかに飾りつけられた室内には、クロスの敷かれたテーブルがあり、そこにはパンや肉料理が並べられた。


 隊長兼先任参謀のセラ=レイス少佐も、仕方なしに末席に腰掛けていたが、内部取引に使うであろう虜囚りょしゅうに歓迎もなにもないと、乾杯の前から珈琲を口にしている。


 情が移りでもしたら、交渉カードとして切りにくくなるだけだ、と彼は不満顔だ。


 しかし、この隊長は珈琲をブラックでは飲めない。傍らのミルク差しをせわしなく手に取っては、カップのなかに注いでいる。



 そこへ、トラフに手を引かれ、主賓の少女が入室した。


 少女を見て、少佐と中尉を除く全員が息をのんだ。


 飾り気ない赤髪は、くすんでいながらも光を帯び、アンバーが少し入った薄い水色の瞳は、まるで人形のように愛らしい。


 一呼吸遅れて、室内には拍手や喝采が起こる。


 弦楽器・打楽器・管楽器……アレン=カムハル少尉をはじめ各種楽器を持ち込んだ者たちは、ここぞとばかりに演奏を始める。


 レイス隊へようこそ。参謀部へようこそ。



 副長・トラフの堅く短い乾杯の挨拶に、ややノリが沈んだものの、気を取り直すようにして、ニアム=レクレナ少尉の進行のもと、隊員による挨拶や自己紹介が始まる。


 女少尉の性格は、リズミカルに揺れる蜂蜜色の髪そのものであった。明るくあっけらかんとした口調は、場の雰囲気を盛り上げるのにうってつけだ。


 主賓の横に膝を抱えて座ったトラフが、1人1人ヴァナヘイム語に訳して伝えていく。


 だが、少女はうなずきもしない。


 うつむき、哀れにも打ち震えているようにすら見える。


 故郷を奪われ、家族と生き別れになった少女の境遇を想い、隊員たちは心を痛めるのであった。


 健気にもこの場に座り続ける少女のいじらしさに、ゴウラなどは涙をこらえている。


 彼女は人質以下の身の上なのである。打ち解けようとしないのも仕方がないのではないかと、レイスは頬杖のまま溜息をついている。


 そうした少女を少しでも元気づけようと、お前らはこの会を企画したのではなかったか、と。



 自己紹介は、一言で終わった隊長と二言で終わった副長を経て、司会を務めるレクレナの番となった。大トリである。


 私だってヴァナヘイム語の特訓を重ねているんですから――彼女は副長による通訳を拒んだ。心意気に周囲がはやし立てる。



「こんにちハ!ソルちゃン。ごキゲンいかガでスかー?」


「……」

「……」

「……」


 ヴァナヘイム語が分からない者でも、彼女の言葉は稚拙であることに気が付く。ゴウラなどは、ドンマイだぞと、フォローの声を小さく投げかけている。


 通訳の任を解かれたトラフも、眉をひそめつつレイスの隣に座る。上官が手にする限りなく牛乳と化した珈琲を一瞥いちべつし、彼女も飲み物を手に取った。



 さらに、二言三言レクレナによる拙い言葉を向けられたが、相変わらず少女の反応はない。


「……」

 物憂げに黙り込む様子は、その可憐さを引き立たせる。


 しかし、蜂蜜色の髪の少尉はめげなかった。少女が何も料理に手を付けていないことに気が付くと、


「スキキライしちゃ、だめデスよー」


そう言いながら、レクレナは付け合せの野菜をフォークに刺した。そのまま、少女に向けて腕を伸ばしていく。


 フォークの先が、少女の薄い薔薇色の唇に届こうとした時だった。その小さく形の良い口元が突如開いたのである。










「うるせえババア。調子ん乗んなよ」



 室内のほがらかな空気が停止した。


 全員の視線が少女に集まる。

 

 主賓席には、無表情だが、愛くるしい姿がそのままある。


 何やらとんでもない言葉が聞こえたようだが気のせいだったか――やれやれと安堵の吐息をそれぞれが漏らした時だった。再び薄薔薇色の口が開かれたのである。


「食えッつうなら、もっと良い肉出せよこらぁ」


 停止していた室内の空気は、凍り付いた。


 ヴァナヘイム語が分かるのは2人である。


 レイスは、口に含んでいた珈琲が気管に入り、むせている。決してミルクを入れ過ぎたせいではない。その隣では、トラフが手にしていたグラスを取り落としていた。


 ヴァナヘイム語が分からないゴウラたちも、少女の口から発せられた言葉を察しているようだ。


「……ソ」


 またしても言葉が発せられたが、今度は少女のものではない。全員が救いを求めるようにしてそこへ顔を向ける。


 視線の先では、襟足えりあしに揃えられた蜂蜜色の髪がわなないていた。




「ソルちゃんが、私のことオバサンって言ったぁ――」



 レクレナは悲痛な声を上げながら、室外へ走り出ていった。どうやら、彼女も一部の単語だけ聴き取れたらしい。


 特訓の成果である。






【作者からのお願い】


「航跡」続編――ブレギア国編の執筆を始めました。

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


宜しくお願い致します。

2023年12月15日追記



この先も「航跡」は続いていきます。


ソル……口を開かねば天使なのに……と思われた方、ぜひこちらから、フォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします👇👇👇

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


レイスたちが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「四将軍」お楽しみに。


道を譲る形になった四将軍は、参謀長一行の背に苦々しげな視線を送り続けた。

「おのれオウェルめ。我らを何だと思っておるのだ」

「我らはヤツの私兵ではありますまい」

ビレーの甲高い声に、出っ歯を光らせミレドがすかさず同調する――。

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