第16話 幼馴染と料理にお約束は必要ない

体育館での撮影を終え、河江が制服に着替えを済ますと、次の撮影場所である

家庭科室に二人で移動を開始した。


「次は料理研究部の撮影らしいよ!モッチー先輩が撮影のお願いに来たって

恵奈ちゃんが教えてくれた」

「へぇー。てか、竹宮ってマジで料理研究部だったのか」

「すっごくお料理が上手だよ!一緒にお昼食べる時、手作りのお菓子を

よく持ってきてくれるんだー」


そういや、望月先輩が教室に来た時も、クッキーで餌付けしてたな。

「あっ!あそこだよ」

河江が指を差した方向へ目をやると、家庭科室と書かれた部屋の表札が

目に入った。


「失礼しまーす……うっ……」

河江が家庭科室の扉を開くと、物の焦げたような匂いが、

部屋の中から漂ってきたため、思わず手で口と鼻を覆った。

隣を見ると、河江もハンカチで口と鼻を覆い、眉をひそめていた。


そのまま後ずさっていく河江の代わりに、俺が家庭科室の中へと足を踏み入れると、

部屋の中はさらに焦げ臭く、換気のためか、目につく窓全てが、開かれていた。

周りを見渡すと、部屋の奥に映研の顔ぶれを見つけたので、とりあえずそこに

駆け寄り、一番近くにいた望月先輩に声を掛けた。


「何があったんですか?めっちゃ焦げ臭いですけど……」

「ああっ、高桐君。河江さんの撮影は終わったの?」

「終わりましたよ。で、何があったんですか?」

「これは……ちょっとしたアクシデントかしら」


そう言って、一点を見つめた望月先輩の視線を辿っていくと、家庭科室に

備え付けられた調理台の前で、天井を見上げ立ち尽くす、ゴシックメイド姿の

シキがいた。まるで魂が抜けたみたいに、微動だにしていない。


「倉石さんが料理を作って、浦部君がサーブする絵を撮りたかったのよね……」

「サーブ?テニスですか?」

「違うわよ。料理を提供することをサーブというのよ。だからほら、

浦部君には執事服を着てもらってるでしょ?」


望月先輩に言われ、浦部先輩の姿を探すと、たしかにアニメで見るような執事服を

身に纏い、エプロン姿の女子生徒らと楽しく談笑していた。

元々の長身細身な体系に加え、今は髪をオールバックにしており、まさにザ・執事

と言わんばかりの風貌をしていた。にしても、相変わらず、モテモテだなこの人は。


「高桐君達がこちらに来るまで時間がありそうだったから、倉石さんには、

リハーサルのつまりで何度か料理をしてもらったのだけれど……これは想定外

だったわね」

料理というキーワードに、部屋を漂うこの焦げ臭さ……大体察した。

「あ~高桐じゃん、おいっす~」


ある程度何が起きたのかを把握したことろで、制服の上にエプロンを着た竹宮が

声を掛けてきた。手に持った皿の上には、黒色の物体が乗っていた。

おそらくこれが、想定外の事案によって生み出された産物なのだろうと、

直感的に理解した。


「おっす、竹宮……それはなんだ?」

「これ?キヨが作ったパンケーキ」

「俺には黒い鍋敷きにしか見えないんだが……」

「ダイジョブ、食えっから。今切り分けたげる~」

「ちょ、待てって!」


俺の制止などお構いなしに、竹宮は皿を調理台に置くと、フォークとナイフで

素早くパンケーキと呼称した黒い物体を切り分けた。


「はい、ど~ぞ」

「焦げは食うなが家訓なんで、遠慮しとく」

「あんた、かわいい幼馴染作った料理が食えないってわけ?」

「料理というか、完全に炭だろ、これ……」

「グチグチうっさいな~!男なら黙って食いな!」


「分かった、分かった!食うからさ、せめてバターかシロップ的なものをくれ」

「まずは素材の味を楽しめ、ほら!」

竹宮はドスのきいた声で、黒いパンケーキが刺さったフォークを、

俺の前に突き出してきた。

しぶしぶフォークを受け取ると、恐る恐る黒いそれを口に含んだ。


ザクっとした食感とともに、焦げの苦みとパンケーキの微かな甘みが、

口の中いっぱいに広がった。食えないほどまずいわけではないが、

噛むたびに、どんどんテンションが下がっていく味がする。


「味の感想は本人にね~」

竹宮はそう言いながら、シキを俺の前まで引っ張ってきた。

先ほどは魂が抜けたような状態だったが、今はやけにソワソワしながら、

俺の顔をチラチラ見てくる。


「おいしい?」

シキはモジモジしながら、俺に尋ねてきた。

「どちらと言えばにが――」

俺の言葉を遮るように、竹宮が肩をグーパンチしてきた。痛てぇよ……


「……じゃあ、食べられないってほ――」

次は腕をつねられた。この答えもダメですか……

「その、なんだ……おいしい……よ?」

チラッと横を見ると、竹宮がうんうんと頷いていた。

お気に召したようで、何よりだ。


「嘘つき」

「うっ、嘘じゃねーし!ほら、見てろって!」

シキの嘘という言葉に過剰反応した俺は、皿に残った黒いパンケーキを

フォークにぶっ刺し、勢いよくかぶりついた。うん、やっぱ苦い……


「はははっ、馬鹿みたい」

俺の食べっぷりを見たシキが、腹を抱えて笑った。そういや、こいつの笑い声を

初めて聞いたなと思いつつ、さらにもう一口かぶりつくと、

今後はやけに甘く感じた。





「最悪、出来上がったものがこちらになりますの手法でいきましょう」

「……次は上手に焼ける」

「期待してるわよ、倉石さん。私もこれ以上のアクリルアミド摂取は、

遠慮したいわ」

「キヨちゃん、ファイトー!」

「恵奈と一緒に焼いた時には上手くいったっしょ!あの感覚だよ~」


未だかつて、パンケーキを焼くだけに、ここまでの𠮟咤激励される

人間がいただろうか。

「高桐君。カメラの準備はいい?」

「オッケーっす」

「では、回して頂戴。倉石さんは、自分のタイミングで、調理を始めて」


別に料理動画を撮っているわけではないので、ピントはあくまで、

メイド姿のシキに合わせた。おっ、どうやら調理開始みたいだ。

「小麦粉、砂糖、ベーキングパウダーを入れて軽くかき混ぜる。

次に牛乳を――あっ!」


まるで呪文のように調理工程を呟きながら、調理を始めたシキであったが、

早速、計量カップを倒し、調理台の上に牛乳をぶちまけた。

シキのどうしようという表情がファインダー越しに伝わってきたが、

俺はそのまま調理を続けてという意味を込め、人差し指をくるくる回した。

だってこの映像、ドジっ子メイドのお料理奮闘記みたいで、なんかいい。


意図が伝わったかは定かでないが、あたふたしながらも、牛乳をふきんで

拭き取ると、シキは調理を再開した。

「牛乳がたしかこれぐらい。後は卵とバニラエッセンスを入れて、かき混ぜる」

計量カップを使って目分量とか、斬新すぎるわ。あと、ボウルを腕に抱えながら

混ぜるのはやめてくれ。落とすんじゃないかってハラハラする。


「よし!」

シキが気合を入れ、パンケーキを焼く工程に取り掛かったところで、

キンキンという甲高い音が、俺の背後から聞こえてきた。

ビデオカメラは動かさず、そのまま首をめぐらすと、エプロン姿の女子生徒が

スプーンでコップを叩いており、その脇にいる竹宮が『火はもっと弱く』と書かれた

カンペを、料理番組のADみたいに、出していた。


「まだ……まだ……まだ……」

ただ、焼きあがるパンケーキのみをジッと見つめるシキには、残念ながら

カンペの訴えは届かないみたいだ。

「このタイミング!」

掛け声とともに、ひっくり返したパンケーキは、案の定、真っ黒に日焼けしており、

それを見たシキは、ガックリ肩を落とすと、涙目でこちらも見てきた。


今回もダメだったかと不憫に思っていると、また後ろから、キンキン音が

鳴り出した。振り向くと、『火はもっと弱く』の下に、『もう片面あるよ!』

と書き足されたカンペを、竹宮が手でバンバン叩いていた。


どうやら今回はシキも気づいたらしく、まずはカンペに従い、ガスコンロの火を

調整し始めた。

「……次が本番だもん」

シキは腕で目をゴシゴシすると、表面がこんがり黒焦げたパンケーキを

キッと睨みつけた。

そして数分後、とうとうシキがフライ返しをパンケーキの底に滑り込ませ、

一気にひっくり返した。なんでドキドキしてんだろ、俺。


「……やったぁ……できたぁぁぁ!」

綺麗なきつね色をしたパンケーキ(片面のみ)を前に、満面の笑みでピョンピョン

飛び跳ねるシキを見て、思わず俺もガッツポーズをしていた。

気づけば、周りからも、パチパチパチと拍手が沸き起こっており、それを目にした

シキは、恥ずかしそうに頬を掻いた。


パンケーキ一つでここまで感動できるって、俺たち、いや日本って平和だなぁ……





シキの撮影を終えた後は、料理研究部の調理風景を撮らせてもらい、最後にその過程で出来たお菓子類を使って、執事服の浦部先輩が給仕をするシーンを撮影した。


給仕を受けるお嬢様役を、料理研究部の女子部員ら数人にお願いしたのだが、

執事役である浦部先輩の一挙一動いっきょいちどうに甘い吐息を漏らし、

全員目がハートマークになっていた。執事喫茶ってこんな感じなんだろうか。


「お疲れ様、高桐君。今日の映像、良く撮れてたわよ」

クッキーをつまみながら、望月先輩が声を掛けてきた。

「ありがとうございます。今日はこれでおしまいですか?」

「ええ。明日は、テニス部と吹奏楽部を回るから、よろしくね……あと、

倉石さんの撮影を止めなかったのは、英断だったわよ、監督さん」


「……どーもです」

「高桐~。ちょいこっち来て~」

撮った映像が評価されたことに、内心かなり喜んでいたところで、

俺を呼ぶ竹宮の声がした。


「なんか用か?」

「はい!あんたに食べてほしいって!」

「こっちは、さっきシキが作ったパンケーキなのは分かる……こっちはなんだ?」

「はいはーい!それ私が作ったスコーンだよー」


「スコーンってイギリスのお菓子だっけ?これを河江が?」

「うん、そうだよー!恵奈ちゃんに教わって、作ってみたー」

スコーン?黒カビの生えた餅にしか見えないんだが……あと生焼けじゃね、これ?

「高桐。あんたの言いたいことは分かる。ただ、口にしたらぶつよ」


「竹宮……お前がついていながら、なんてザマだ」

「恵奈は基本、作り方を教えるだけで、後は本人に全部やらせる主義なの。

ダイジョブ、ヤバいのは見た目だけ……たぶん」

「お前がヤバいって言ってんじゃん……あと、たぶんって何だ、たぶんって」

てか、おい……今パンケーキにかけた青色のソースはなんですか、シキさん……


「洋くん!はい、どーぞ!」

「食べて」

そして河江とシキ双方が、圧倒的不安感しか抱かせないそれら手料理を、

俺の前に差し出してきた。

幼馴染が料理下手って設定、二人分はいくら何でも、過剰過ぎやしないかな……





















































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『過去を覚えてますか』と彼女があなたに尋ねたら、あなたは『はい』と答えますか? 仁壱九 @dokonomeat

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