第15話 気づけば監督になっていた

撮影二日目は、女子チアリーディング部の練習風景を撮るところから始まったが、

どうやら、浦部先輩に撮ってほしいという声がチア部員の多くから上がったらしく、

今回のカメラマンは俺ではなく、浦部先輩が担当をした。


やってみると案外面白かったので、当然のリストラ宣言は正直残念ではあったが、

カメラマンとしての浦江先輩の実力を見て、変わって正解だと納得はできた。


「みんないい顔してるわね……できればカメラマンは固定でいきたかったけど」

さきほど撮り終えたチア部の映像チェックを終えた望月先輩が、

不満げそうにそう言い放った。


「いやいやいや、俺が撮ってたらお通夜でしたよ」

多くのチア部員に囲まれながら、楽しそうに談笑している浦部先輩の姿を見て、

それだけは確信できた。


「たしかに、今回ばかりはそうかもね。じゃあ、残りはお願いするわね」

そう言って望月先輩はビデオカメラを差し出してきた。

「へぇっ?」

「へぇっ、じゃないわよ。河江さんの撮影がまだでしょう?」


「それも浦部先輩が撮ればいいんじゃ――ぐはぁっ!」

言い終える前に、望月先輩に勢いよく頭をチョップされた。

「監督のあなたが撮らなくてどうするの?」


「監督はどう考えても先輩でしょ……」

「私は作品を企画立案した、いわばプロデューサー。

カメラマン兼監督は、あくまであなたよ、高桐君」

望月先輩はそう言って、俺を指差した。


「企画に基づいて何を撮るかは私が決めたわ。でも、どう撮るかは

全ておまかせしてたでしょ?つまり、あなたがこの作品の監督なのよ」

「それにしてはめっちゃダメ出しされてたような……」


「……高桐君、あなた細かいわね」

「先輩が大雑把すぎるんですよ」

「将来、禿げるわよ?」

「それ以上はいけない」

母さんいわく、高桐家男子の将来禿げ率は八割を超えるらしい。

そういや、父さんも髪が薄くなってきたと、最近嘆いていたな……


「はははっ!あきらめろ、高桐後輩。部長はそうやって、

作品作りに部員全員を巻き込んでいく人だから。ソースは俺」

望月先輩の言い分に納得できずにいると、チア部員との談笑を終えた

浦部先輩が、笑いながらこちらに近づいてきた。


「それに、この作品においては、俺はあくまで演者。残りは頼んだぞ」

そう言うと、望月先輩の手からビデオカメラをつかみ取り、俺にそのまま

手渡してきた。


「はぁ……後で文句はなしですよ?」

観念した俺は、その点だけ両先輩に主張すると、分かった、分かったと

言わんばかりに、何度も二人は頷いて見せた。


「話も纏まってみたいだし、私たちは倉石さんと合流するわ。河江さんとの

撮影が終わったら、家庭科室に来て頂戴。次はそこで撮るから」

「チア部はこの後、基礎練に行くらしいから、ここで撮っていいってよ」


浦部先輩の言葉通り、続々とチア部員が体育館を出ていくのが見え、

先ほどまで、ダンスの振り付けを教わっていたチアリーダー姿の河江が、

手を振り「ありがとうございました~!」と感謝の言葉を述べていた。


「では、後はよろしくね。浦部君、行きましょうか」

「部室で衣装に着替えますんで、部長は先に家庭科室行ってください」

そんな会話を二人でしながら、先輩たちも体育館を去っていった。


「さてっ……どうすっか」

昨日はなんだかんだで、先輩たちにアドバイスやらダメ出しやらを貰いながら

撮影をしていたので、それに沿った形で撮れば良かった。

なので、当然今みたいに一任されても、正直何をすればいいのか分からない。


「洋くっ――監督!私は何もすればいいかな!」

俺が悩んでいると、河江がタタタッと駆け寄ってきて、声を掛けてきた。

「誰が監督だ、誰が……」


「えっ、モッチー先輩が洋くんをそう呼べって言ってたよ?」

「モッチーって望月先輩のことか?……どっちかといえば、カーマイン先生だろ、

あの人は」

開幕デスエナジーぶっぱで何度絶望したことか……


「カーマイン先生って何?車に地雷を仕掛ける先生??」

「なにそれこわい」

「えーじゃあ何なの?教えてよ~」


河江が、俺の顔の前で、両手に持ったポンポンをシャカシャカ揺らしてきた。

「それより、この後どうする?」

いちいち説明するのがめんどいので、とりあえず話を本題に戻す。

「チアの子達から簡単な振り付けは、教わったよ!」


「じゃあそれを撮るか……」

「了解です、監督!ちょっと待ってね、教わった曲流すから」

河江はそう言って、スマホを取り出した。曲を流す準備をしているのかと思いつつ、

ふと辺りを見渡すと、隣のコートで練習するバスケ部の男子達にガン見されているのに気付いた。まぁ、たしかに気になるわな……


「オッケー!準備できたよ!」

「おう……もうちょっと向こうで撮るか」

「うん?別にいいけど……」

注目を浴びながら、ビデオカメラを回すのはさすがにツラいので、体育館の隅っこに

移動して、撮影することにした。





「じゃあ曲流すぞー」

河江から預かったスマホに表示された、プレイボタンをタッチすると、

アップテンポな曲が流れ出した。そのままスマホを床に置き、ビデオカメラを

河江に向けると、ポンポンのついた両手を腰に当てつつ、曲のリズムに合わせて、

左右に腰を振り出した。


「はい!はい!はい!はい!――」

掛け声に合わせ、両手のポンポンを頭の上で叩いたのち、交互にポンポンを前に突き出しては、円を描くように大きくそれを回した。


「レッツゴー!とよくら!レッツゴー!とよくら!――」

学校名を叫びながら、ポンポンを胸の前で合わせると、両腕を大きく広げながら、

リズムよく、上げ下げを繰り返すと、その場で体を1回転させた。


フワッと舞うスカートから、下に履いた赤色のアンスコが見えた瞬間、

思わず息を呑んでしまった。

「ゴー!ファイト!ウィン!ゴー!ファイト!ウィン!――」

さすがは帰国子女と言わんばかりの、流暢な英語とともに、左右の足を、

交互に前へ蹴り上げた。これは見せパン、これは見せパン……


「イェーイ!」

掛け声とともに、片膝立ちで、両腕を左右にピーンと伸ばしながら、

ポンポンをシャカシャカと揺らしていると、流れていた曲が、終わりを迎えた。


「はい、オッケー」

そう言ってビデオカメラのファインダーを折りたたむと、河江は息を切らせながら、そのままぺたりと床に座り込んだ。


「終わった~!疲れた~!」

「お疲れさん。すごく良かったと思う……ダンスはよく分からんが」

「へへへっ、照れますな~」

河江は恥ずかしいのか、ポンポンを使って顔を覆い隠し、両足をパタパタさせた。


その仕草に思わず、男心をくすぐられた俺は、ビデオカメラを咄嗟に回した。

ポンポンに顔を埋めたままの河江は、撮られていることに、気づいていない様子だ。

「振り付け覚えるの、大変だったんだよ!」

「へぇー、そうなんだ」


「うん!それに一回踊っただけで、私もうヘロヘロだよ~」

「まぁ、ゆっくり休んでくれ」

「洋くっ――監督はどうだったのかな?上手く撮れた?」

「監督のくだりは、もういいって……」


「えっ?えっ?撮ってるの、これ?」

ようやく河江は、ビデオカメラを向けられていることに気が付いた。

「……撮ってるよ」

「なんで?!」


「まぁ、その……なんとなく」

「もう!恥ずかしいから、これ以上は撮っちゃダメー!」

河江は勢いよく立ち上がると、ビデオカメラのレンズをポンポンで隠し、

撮影の中止を訴えてきた。


「分かった、分かった。もう撮らない」

「ホントかな~?念のため、カメラは没収します!」

河江は疑いの目を俺に向けると、両手に持っていたポンポンを床に置き、

ビデオカメラを差し出せと言わんばかりに、右手を伸ばしてきた。


「落とすなよ」

「大丈夫だよ~。あっ、撮った映像確認しちゃおっと」

ビデオカメラを手渡すと、河江はボタンを推し進め、ほどなくして、

動画の再生音らしきものが聞こえてきた。


「撮り直したいとかあれば、遠慮なく言ってくれ」

動画チェックが終わるまで、とりあえずあっちで座って待つか。

「洋くん、そこでストップ」

この場を離れようとするのを、河江が言葉で制した。


「ん?何か気になる点でもあったか?」

「うん……なんで望月先輩はプールで制服なのかな?」

「へぇっ?」

「昨日撮ったやつだよね、これ」


河江が見せてきたビデオカメラのファインダーには、昨日撮った、

望月先輩の制服プール動画が流れていた。

「いや、これは……その……」

「ちゃんと説明してね」

笑顔で問い詰めてくる河江が、めちゃくちゃ怖いんですけど……


「なんというか……好きなゲームのシーンを再現してもらっていうか……」

「ふーん。じゃあ洋くんが制服を着てってお願いしたんだ?」

「えっ?!まぁ、結果的にそうなったというか……」

「ふーん。そうなんだ」


俺が喋るたびに、どんどん河江が不機嫌になっていくのが、

ひしひしと伝わってきた。

「望月先輩、綺麗だもんね」

「……そうだな」


「じゃあ私は?」

「……いいと思う」

「ちゃんと言って」

「……かわいい……です」


言った瞬間、あまりの恥ずかしさに、うわあああー!と叫びながら、

体育館を飛び出していきたくなった。

「しょうがない。今回は、許してあげましょう!」

「……俺は悪くねぇ」

「ふーんだ。隠し撮りをしたお返しだもんね~!」

河江は意地悪そうな笑みを浮かべると、そのままあっかんべーをした。

そういうことをするから、カメラを回したくなるんだろうが……














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