過去(3)

ゴールデンフリースの至宝

理杖リジョウが存在しないというのは、どういう意味ですか?」


 収穫祭の夜が少しずつ静けさを取り戻していくのを耳に感じながら、グレイスはやっとのことでそう尋ねた。


「どういう意味も何も、その通りの意味ですよ。邪竜によって故国を滅ぼされた始祖帝しそのみかどが神器を探し求めて大陸中を旅したことは事実ですが、王が見つけ出した神器は六つだけ。その中に理杖リジョウは含まれていません。帝国に代々伝わるあの杖は、トネリコの木を削っただけのただの杖なのです」


「にわかには信じられません。建国史にも『始祖帝、理杖リジョウを携えて千日先を万余まんよの困難をかわす』とあるではないですか」


「その建国史の編纂を命じたのは他ならぬ始祖帝です。その大なる目的は邪竜討伐という偉業を後世に残すことでしたが、もう一つ、密かな狙いもあったのです。それはでした」


 グレイスにとってはおよそ信じがたいことである。話しているのがマリアでなければ一笑に付したところだろう。だが、今グレイスとともにいるのは紛れもなく帝位継承権者のマリア・ゴールデンフリースである。そのマリアが少しの淀みもなく、わずかの揺らぎもなく、紡いでゆく言葉に、グレイスは説得力を感じ始めていた。


「……仮にマリア様の仰ることが正しいとして、どうして始祖帝は事実を歪曲したのですか?」


「千日先を見通す力それ自体は存在したからですよ」


 先ほどと矛盾するようなことを言う。グレイスはマリアの真意がわからず、思わずその美しい顔をまじまじと見つめてしまう。 


「ただし、その力を有していたのは杖ではなく、始祖帝自身でした。帝室秘録によれば、始祖帝は幼き頃から未来を見通す不思議な力をお持ちだったそうです。大陸各地に散らばった六つの神器を集めることができたのも、神器を授けるにふさわしい六人の勇者と出会えたのも、勇者たちとともに邪竜を打ち払うことができたのも、すべては始祖帝の力あってこそなし得たことなのです」


 なるほど。それならば矛盾はしない。心の中でそう呟いてから、グレイスはかぶりを振った。


「待ってください。未来を見通す力が神器ではなく始祖帝御自らの力であるなら、なおのことそれを隠匿する理由がないではありませんか」


「いいえ」


 マリアはそう言って柔らかく微笑むと、続けた。


「問題は始祖帝の力が始祖帝だけのものだということでした。神器ならば親から子へ、子から孫へと受け継いでいくことができる。しかし、。その事実を糊塗するために、始祖王は理杖リジョウなるありもしない七つ目の神器を仮構し、建国史に記すことまでしたのです」

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