そして戦場へ

希望に至る道

「――と、まぁこういうわけでね。理杖リジョウなる神器は存在しない。故に、マリア様が戦場に理杖リジョウを持ち込むことはないんだ」


 収穫祭の夜にマリアが語ったことを一通り話した後で、そう結論したグレイスだったが、聞き手のジュディスは半信半疑、という表情で首を傾げている。


「納得できないかな?」


「そりゃあそうですよ。破竜の神器が七つではなく六つしかなかっただなんて、マリア様のお言葉でも易々と納得できるものではありませんよ。そもそもマリア様はどうしてグレイス様にそんな話をしたのでしょうか? 史書の記述をねじ曲げてまで隠そうとした秘中の秘であるなら、ブルーローズの一門に名を連ねるグレイス様には絶対に明かしてはならない情報のはずですよね」


「ジュディスは故郷で流星花りゅうせいかを育てていたという話だったね」


「何ですか突然」


「わたしは花には疎いのだけど、赤い流星花と白い流星花を交配すると次の世代はすべて赤い流星花になるのに、その世代の赤い流星花同士で交配させると今度は白い流星花も現れることがあるそうだね」


「交配の基本ですね。それが何か?」


「始祖帝の力も似たような特徴を有しているんだよ。始祖帝の直径の子孫であっても始祖帝と同じ力を持つことは基本的にない。ところが世代を重ねると、ごく希にその力を持って生まれてくる者が現れる。トール王子もまた、そうした例外の一人だったんだ――」


「トール王子が?」


 ジュディスの問いにうなずきながら、グレイスはマリアが言った言葉を振り返る。


 ――始祖帝とは比べるべくもない微弱な力ですが、トールにとっては大きすぎる力です。あの力が露見する前に、どうしてもあの子を安全な場所に隠さなければならなかったのです。


 今でもはっきりと思い出せる愁いを帯びた声。おそらくは、帝国の長い歴史の中でトールと似たような境遇に生まれ、謀殺された帝位継承権者が何人もいたのだろう。


「わたしに秘密を明かしたのは、マリア様なりのけじめだったのかも知れないね」


「けじめ――ですか」


 そう言って黙り込んだジュディスを横目に、グレイスは収穫祭の夜から今日に至るまでの道のりに思いを馳せる。


 秋の終わりに帰国し、父王に南方自治都市連盟の士官学校への遊学を申し出た。マリアの読み通り、父王は士官学校で得られる人脈を有益と判断したようだった。「相変わらず勇ましいことだ」と厭味を言われはしたものの、すぐに連盟行きを認めた。


 小春日和の朝に、共に学んだ友人たちに見送られて、寄宿学校を旅立った。マリアは「いつかまた会える時まで、壮健であってくださいね」と言って、グレイスの手を握った。その横で、ジュディスはぼろぼとと大粒の涙をこぼしていた。


 生ぬるい海風を頬に感じながら、連盟の首都港に降り立った。犬のような鳴き声を上げる海鳥の群れ。四角い帆がいくつも張られた遠洋航海船。そして色とりどりのレンガで組み上げられた鮮やかな街並み。目に映る何もかもが新鮮で、それが少しだけ不安だった。


 士官学校での生活は決して楽ではなかった。厳しい指導者、膨大な課題、何よりも生徒の大半が男子という環境の中に女子が一人きりで身を置くことの困難――しかしグレイスは、自分の背中を押してくれた友のため、自分の背中を押してくれた人の友としてふさわしい自分であるため、学び、鍛え、戦い続けた。


 遊学して一年で学年の主席となった。二年で学校始まって以来の俊才と持て囃されるようになった。


 そして三年目の春――その年の期末評定でも学年主席として表彰されたグレイスの下に、遠くゴールデンフリースの都サカトゥムでクーデターが勃発との報が届く。


 首謀者はブルーローズの王――すなわちグレイスの父だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る