七つの神器の伝説

 マリアは幼い帝位継承者の頬が乾く頃に、案内役を連れて戻ってきた。


「もう会うことはないでしょうが、強く生きるのですよ。生きていれば、きっと良いことがあります」


「わかりました。姉上も、お達者で」


 交わしたのは短い言葉だけ。それで、トールはマリアの部屋を出て、夜の闇へと消えていった。


「ありがとう、グレイス」


「一緒に部屋にいただけのことです。マリア様からそのような言葉を頂く資格はわたしにはありません」


「トールの顔から迷いが消えていました。きっと貴女に勇気をもらったのだと思います」


 遠くから奉神歌ほうしんかが聞こえて来る。素朴な喜びに満ちあふれた歌声だった。


「少しだけ話をしていかない? この部屋からは、火術花火がよく見えるのよ」


「わたしは構いませんが」


 二人は窓の側に椅子を運んで、横並びに座った。マリアが言ったとおり、夜空に放たれた魔術的な光が色とりどりの火炎に変わり、また消えていく様がよく見える。


「……七つの神器の伝説は知っていて?」


「曲がりなりにもブルーローズの名を持つ者として、知らないというわけにはいかないでしょう」


「ふふ。それもそうね」


 マリアは笑って言う。ブルーローズの名を出さずとも、七つの神器の伝説を知らぬ者などこの大陸にいるはずはない。


「――太古の昔、最果ての地で、一匹の悪竜が目覚めました。かの暴力の化身は、大氷壁グレートウォールを超えて大陸に侵入し、国も城も街も――ありとあらゆる人の営みを破壊しつくしました」


 雪の結晶を模した花火が夜空を白く染めると、マリアが子どもに寝物語でもするような調子で語り始めた。


「しかし、大陸中の人々が絶望にうちひしがれたとき、とある亡国の王子が立ち上がりました。王子は悪竜に滅ぼされた国々を旅して手に入れた七つの神器のうち六つまでを信頼できる勇者に与え、自らも理杖の神器を持ちて悪竜との戦いに臨んだのです。戦いは七日七晩にも及びましたが、王子と六人の勇者はついに悪竜を打ち破り、大氷壁の北に追い返しました。傷ついた悪竜は最果ての地に戻り、再び永い眠りについたのでした……」


「亡国の王子は人々の歓呼の声に応えて大陸を統べる帝王の座に就き、ともに悪竜と戦った六人の勇者も、帝王から王の座を与えられ、それぞれの故国を治めることとなった。ゴールデンフリースと、私の祖国ブルーローズを含む六つの王国にまつわる建国の伝説ですね」


「はい。しかしグレイス、貴女は知っていて? あの伝説にはひとつ大きな嘘が含まれています」


 マリアの横顔を黄金色の光が照らす。一際大きな火術花火が打ち上げられたのだ。


「嘘? 悪竜のことですか?」


「いいえ。七つの神器のうち、ゴールデンフリースの至宝とされる『理杖リジョウ』――所有者に千日先をも見通す力をもたらす杖は実在しないのです」

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