【偏愛】「前世」「箱」「ファミコン」

 私の前世はとても冴えない女の子だった。

 医者の家系だったせいもあって両親がとても厳しく、とにかく勉強漬けの毎日だったし、幼い頃から将来のレールが敷かれていた。

 そのレールに乗せるために、あれをしてはいけない、ここに行ってはいけないと、成長するにつれて禁止事項ばかり増えていった上、私自身がそのレールに乗るために、勉強以外にうつつを抜かしている時間が文字通り皆無だった。

 おかげで、学生時代は校則遵守の野暮ったいセーラー服に身を包み、黒髪眼鏡の典型的なガリ勉少女だった。

 休み時間も机にかじりついていたため、友達も少なく、男の子に声をかけられるなんてもってのほかで、今から思えば不憫だったとしか言いようがない。

 でも、だからこそ今世では自分の思った通り好きに生きようと決めた。

 幸いなことに、今の両親は大らかな性格でほとんどのことは許容してくれ、私自身も前世での鬱憤を晴らすように、思春期から社会人に至るまで自らの生を謳歌している。

 たった一つの夢を除いては。



「今度の連休、旅行しない?」

 恋人の提案に二つ返事で頷き、日頃の仕事疲れを癒そうと電車に揺られてやってきた。

 有名な温泉街のある場所で、宿にチェックインすると早速浴衣に着替えて外湯巡りに繰り出す。

 ガイドマップを見て入りたいところに目星をつけ、どういうルートで行けば効率が良いかシミュレーションする。

 あまりたくさん回っても身体によくないので、「ここはジュースを飲みながら足湯に入ろう」とか、「途中でお土産も見ていこう」とか、楽しそうな要素を見つけては盛り込んでいった。

 まったりすることが好きな恋人も乗り気で、からころと下駄を鳴らしながらまずは一つ目の温泉を目指した。


 温泉から出て周辺に並んでいた土産屋をひやかし、次の目的地へ向かっている途中、

「ここ、何の店だろう?」

 ふと気になるスポットに出くわした。

 看板に書かれた店名を見てもぴんとこず、好奇心の赴くまま中に入る。

 そこには、古い記憶を刺激されるような筐体の数々が並んでいた。レースからシューティングから格闘から、様々なアーケードゲームが連なっている。

「どうやらレトロゲームで遊べる店みたいだね」

 その時の私には、恋人の声すら耳を素通りしていた。

 なぜなら私の視界と意識は、奥にひっそりと鎮座する白と赤のとあるゲーム機に支配されていたからだ。

 それは、前世で一家に一台はあると言われるほど人気を博した家庭用のコンシューマーゲーム。

 そう、


「ファミコン……!!」


 私はそれに飛びついた。

 挿入しっぱなしだったカセットをろくに見もせず画面に張りつく。

 初めて手にするコントローラーの感触に半ば感動しつつ、適当にボタンを押して設定を進めていった。

 最後に、若干震えながらスタートボタンを押す。

 すると、夢にまで見た光景が画面上に広がった。


「これが、これがファミコン……」


 ようやく憧れていたものに手が届いた瞬間だった。

 前世でやりたくてもできなかったことは、それこそ数えきれないほどあった。

 それを今世で片っ端から実践していき、大いに満足していたのだけれど、どうしてもできないことが一つだけあった。

 それが、ファミコンでゲームをすること。

 現代では完全に過去の遺物という扱いになり、どこへ行っても置いておらず、また中古品を探し出して家で楽しもうにも、それに対応したテレビ自体が最早存在していなかった。

 時代がかけ離れても大抵のことはできると思っていた私にとって、ファミコンというゲームだけが唯一叶わない幻のようなものになっていたのだ。

 まさかこんな観光地でその幻と出会えるとは。

 長年探し求めていたものを前に、恋人の存在は既に頭から消えていた。

 それから、私はひたすらボタンを押して画面が動いていく様に夢中になっていた。

 箱いっぱいにお菓子を詰めて持ってきた店員さんに肩を叩かれるまで。


「お客さん、これあげるからそろそろ帰ってくれない? 閉店時間なんだよね」

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