【恋愛】「陸」「見返り」「新しい流れ」

 見返りを求めるなら恋、求めないのが愛だとどこかで聞いたことがある。

 それが本当なら、恋を成立させるには、自分が期待する見返りを相手が与えてくれることと、相手が求める見返りを自分が返せることができなければならないことになる。

 お互いの思う見返りが同じものなら何の問題もないが、異なるものならそのバランスが崩れる確率も高くなる。

 つまりこれは、双方の見返りを満たせなかった結果なのだ。

 

 

「……どうしても無理、か」

「ごめんなさい……。私はここで夢を叶えたい。だから、あなたと一緒に行くことはできない」


 つき合って二年。

 一通りのイベントごとを一緒に楽しみ、喧嘩やすれ違いがありながらも歩み寄ってここまで来た。

 このまま順調に交際を重ねればいずれ結婚するだろうと思っていたし、そのビジョンは彼女も抱いていたと信じている。

 その矢先、会社から海外赴任の辞令が出た。

 絶対断れなかったわけではない。しかし、未知の世界で自分の力を試すこと、そこで培ったスキルで更に飛躍することを考えた時に、「行きたい」という気持ちを捨てることができなくなった。

 言い渡された期間は一年。ただし、それはあくまで目安であり、延びる可能性は十分に考えられる。

 また、渡航して常に一所に留まれるとも限らない。顧客の新規開拓や製造に関する現地調査など、あちこち飛び回ることになるのは容易に想像できた。

 見知らぬ地、見知らぬ人、見知らぬ言語に見知らぬ文化。

 不透明な将来を前に、待っていてくれとこいねがうべきか、ついてきてほしいと頼むべきか、ぎりぎりまで悩んだ。

 そして苦渋の末に後者を選択した答えが、彼女の謝罪だった。


「そうだよな……。俺が夢を追いかけにいくのに、君にだけそれを諦めろなんて酷いことを言った。すまない」

「いいの。私の夢は、どうしてもこの場所じゃなければ叶えられないわけじゃない。それでもその理由を一番に持ってきたのは……あなたの手を取れない理由の免罪符にしたのは、私がただ弱いだけ」

「弱い?」

「いつでも傍にいてほしいという我が儘をあなたに押しつけてしまうから。きっとお互い駄目になっちゃう」


 今まではよかった。

 同じものを見て同じことを経験したいという望みに彼女が同意し、また常に近くにいるという彼女の願いにも応えられた。

 でもこれからはそういうわけにはいかない。

 相手を縛り自分の見返りだけを強請る時間は、もう終わりなのだ。

 それぞれが己の定めた方向を見据え、新しい流れに沿って進まなければならない。


「今までありがとう。君の夢が叶うこと、祈ってるよ」

「あなたも、身体に気をつけて頑張ってね」


 先に背を向けたのは彼女の方だった。

 夕日に照らされ、アスファルトに映る影が長く伸びている。

 ここではっきり道が分かたれることに寂寥感が込み上げたが、ぐっと押し殺して踵を返した。

 好きだった。

 大好きだった。

 自分の名字を受け取ってもらい、温かな家庭を築くことを夢想するほどに。

 それが実現できないのなら、せめて彼女に告げた言葉が届くよう念じ続けよう。


 たとえ陸続きでなくとも、同じ時間を刻みながら彼女は生きているのだから。

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