【SF】 遠ざかる点Pと点Q

お題「冬の大三角」


ある頃から、空にふたつの星が現われた。

それは吉兆か、凶兆か。

だが、その正体は宇宙人を乗せた宇宙船だった。


ノベルアップ+にも同じ作品を掲載しています。

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 冬の大三角形が五角形になってから、十五年ほど経つ。

 はじめのうちこそ人々は突如として現れたふたつの星に驚き戸惑い、あれは何だ、吉兆だ、いや凶兆だ、天変地異の前触れだ、どこかの国の新兵器に違いない、いや新発見の彗星だ、などと大騒ぎした。


 その後、宇宙航空研究開発機構JAXAアメリカ航空宇宙局NASAの合同調査により、ふたつの星は太陽系の外にあるということがわかった。

 だが、なにしろ月に行くのさえ難儀する人類である。ましてや調査対象が太陽系の外側にあるとなれば、莫大な時間と金を要する。

 結局のところ、ひとまずは「新しい星が急速に生まれたものと思われる」という結論に落ち着いた。


 どこかの数学者がシャレでその星たち(仮)を「点P」「点Q」と名付けたところ、その愛称は一気に世界中へと広まり、その年の流行語大賞にまでなった。

 やがて人々は空に浮かぶ五角形を受け入れ、理科の教科書にも「冬の大五角形」の文字が書かれるようになった。


   ☆ ☆


 ところが、このふたつの光の正体は、宇宙人を乗せた宇宙船であった。


 地球から遥か遠く、オリオン座やこいぬ座やおおいぬ座の方角に、年中いがみ合っているふたつの星があった。どうしたわけかこのふたつの星は昔から仲が悪く、ことあるごとに争いをしていた。

 その争いがあまりにも長く続きすぎたため、両星ともさすがに嫌気が差していた。そこで、どちらの星の宇宙船がより速く、遠くまで飛べるか競争して決着をつけようじゃないかということになった。


 ただし、そのへんの適当な星をゴールにしてしまえば両者とも「自分が先に着いた」と言い張るばかりだろう。途中でズルもあるかもしれない。

 アイデアを捻り出した結果、よその星の知的生命体を連れ帰ろうじゃないかということになった。そこで目をつけたのが地球である。


 少し離れた場所にある銀河の辺境に知的生命体が存在する惑星があることは昔から知られていた。しかもその星の者たちは、宇宙空間へ飛び出すことができる程度の技術力を持っているらしい。自動翻訳機を使えば言葉も通じるはずだ。事情を話して生きたまま連れ帰るには、うってつけの存在だった。


   ☆ ☆


 長く続いてきた争いを終結できるかもしれないとあって、両星とも威信をかけて立派な宇宙船を開発した。船体には自動修復機能があり、どんなに長い航海でも耐えられる。その他にも高性能な自動操縦システムを搭載し、冷凍睡眠によって寿命の問題もクリアした。燃料についても半永久的に使用できる「光の核」を動力にしているから心配ない。


 二隻の宇宙船は同時に打ち上げられ、速度はほぼ互角だった。

 時折どちらかが引き離したり離されたりもしたが、出発地点からほぼずっと並ぶように宇宙を飛んでいった。

 天の川銀河に入り、その端の方にある太陽系がようやく見えてきた頃になってもそれは変わらなかった。


 暗い宇宙の中に、太陽の光が見えた。

 遠くから見たときにはぼんやりした光でしかなかったが、近付くにつれて強烈な光へと変わっていった。

 その光に照らされ、惑星の姿も浮かび上がる。

 最も大きいのが木星で、二番目に大きいのはリングを持つ土星だ。


 木星の大赤斑だいせきはんを見たとき、星Pからやってきた飛行士は故郷のクレーターを思い出していた。土星のリングを見たとき、星Qからやってきた飛行士は故郷の空にかかる虹を思い出していた。


 さらに近付けば天王星と海王星も宇宙空間に漂っているのが見えた。

 よく目を凝らせば、もっと小さな惑星たちも見える。

 その中に地球があった。


 星Pの飛行士も、星Qの飛行士も、地球の美しさに言葉を忘れた。

 豊かな水と陸と大気があることが遠目にもわかった。あの星にはおそらく多様な生命体が暮らしているだろう。星そのものから生命の息吹を感じる。


 その様子は、故郷の星によく似ていた。

 二人は時間も忘れてじっと地球を見つめた。急に故郷が恋しくなった。

 宇宙船はすでに太陽系の端に差し掛かり、あとは地球へ着陸して協力的な知的生命体を探すだけだ。目指してきた場所はもう手を伸ばせば届く場所にある。


 だが、星Pの飛行士は無性に故郷へ帰りたくなった。

 星Qの飛行士も同じだった。


 二隻の宇宙船は、ずっと寄り添うように飛んできた。

 はじめのうちこそ闘争心があったものの、その気持ちはいつしか揺らいでいった。宇宙船の船体が強い光を放つのは、本来、暗い宇宙空間で互いの船同士がぶつからないようにするためだが、今では互いの船の光がそこに誰かがいるのだという慰めになっていた。


 もし一方の宇宙船が途中で脱落してしまえば、何もない暗闇の中をただ一隻の船で飛んで行かなくてはならない。

 だから、隕石が近付いて危険そうなときはさりげなく知らせたり、外側から見て船体に異常がありそうなときだって教えたりした。

 いつのまにかふたつの船は、互いがなくてはならない存在になっていた。


 星Pの宇宙船が静止した。

 言葉はいらなかった。星Qの飛行士は、相手が何をしようとしているのかわかった。

 もうずいぶん長いこと故郷の大地を踏みしめていない。

 互いに、自分の星へ帰りたくて仕方がなかった。

 星同士の争いがまだ続いていたとしても、それがいかに無益なことであるか、言葉を尽くして話そう。二人はそう心に決めた。


 戻り始めた船を追いかけるように、もう一方の船も故郷へと進路を変える。

 こうしてふたつの宇宙船は引き返していった。

 いずれ地球の教科書は、また「冬の大三角形」に修正されるだろう。

 その背景にあったふたつの宇宙船のことなど、誰も知らないまま。

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