【ホラー】殺戮の洋館と亡霊たち

お題「屋敷」「ケータイ」「電気」

ジャンル「ホラー」か「ギャグコメ」

裏お題「無敵の山田くん(レア)」


「無敵の山田くん」は以前登場した「おかしな山田くん」とは別人です。

「おかしな山田くん」が登場する話はこちら。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894177887/episodes/1177354054894308352

――――――



 屋敷の中は不気味なほど静かだった。

 噂によると、明治時代に西洋建築を取り入れて造られた洋館なのだという。

 かつてはさぞ豪華な外観と内装だったのだろう。しかし、今は朽ちた姿をさらし、見る影もない。


 一階の広々としたエントランスは高い吹き抜けになっていて、天井からは蜘蛛の巣がからみついたシャンデリアがぶら下がっている。

 試しに電気のスイッチを押してみるが、やはり明かりはつかない。

 手に持っている懐中電灯の光だけが頼りだ。


 床に厚く積もったほこりが、俺たちの足音を鈍く響かせる。

 ほとんどの窓は割れており、風ではためくカーテンが幽霊のようで不気味だ。


 俺は、後輩の伊藤と二人でエントランスを進んでいった。

「ううっ、思ってたより気味悪いっすね……」

 伊藤がそんな弱音を吐く。

「お前が来たがったんだろ」

 そう返すと、伊藤は「そうっすけど……」と言ったきり黙り込んでしまった。


 エントランスの左右に部屋があり、奥には二階へ続く階段も見える。

 俺たちは左側の部屋を調べることにした。


 最初の部屋は、客間のようだ。

 大きなソファとテーブルが並んでいる。

 懐中電灯で辺りを照らしていた伊藤が「ヒッ」と叫んだ。


 最初は暗くて気付かなかったが、よく見れば部屋中の壁や家具のいたる個所にナイフで切り刻んだような傷跡がついている。ソファの生地もずたずたに裂かれ、ところどころ綿が飛び出していた。


 その傷は客間にとどまらず、隣室であるリビングにまで続いている。奥の壁に懐中電灯を向けたとき、天井までほとばしる血しぶきの跡が見えた。

 それはここで起きた惨劇をありありと物語っていた。


「せ、せ、先輩、見てくださいよ! きっとここで事件があったに違いないっす!」

「血の飛び散り方をよく見ておけ。何かの参考になるかもしれない」

「うへぇ……」


 リビングを出てエントランスへ戻り、今度は右側の部屋へと向かう。

 手前の部屋はキッチンだった。

 部屋の奥には大きな調理台と、鍋やフライパンなどの器具が見える。

 床の上には割れた食器が散乱していて、とても歩ける状態ではなかった。うっかり踏み入れば怪我をしてしまいそうだ。


 キッチンの隣は食堂になっている。

 大きなテーブルがあるのに椅子がひとつもない。

 引き出しの中にろうそくとマッチを見つけたが、マッチが湿気ていて使い物にならなかった。


 そのさらに奥はバスルームのようだった。

 水廻りということもあり、どこか冷やりとした空気が満ちているような気がする。

 窓がないため、他の部屋よりもいっそう薄暗い。

 排水溝に懐中電灯を向けると、黒々とした長い髪がつまっていた。この屋敷に住んでいた女性のものだろうか。


「なんか、ここ不気味っすね……」

 伊藤がそう呟いたそのときだった。


 突如、「バン!」と大きな音が響いた。

 音の聞こえた辺りに懐中電灯を向けると、そこにべっとりと人の手形がついていた。それも、血で濡れたような赤だ。


「ひぃいいいいいいいいいいい!」

 バスルームの中に伊藤の悲鳴が反響する。

 それをかき消すように、「バン! バン! バン! バン!」と音が響き、みるみるうちに壁が手形で埋め尽くされていった。

 ヤバい気配を感じ、俺は伊藤に声をかける。

「おい、ここから出るぞ!」


 俺たちはバスルームを出てエントランスに戻った。

 しかし、来たときには開いていたはずの玄関の扉は固く閉ざされ、押しても引いても、二人がかりで体当たりしても開きそうにない。

 バスルームからはまだ怪音が響いている。


「な、なんすかこれ、うぇ、死んじゃう……」

 泣き言を吐く伊藤をどうにかなだめ、二階へと向かう。


 壁に掛けられている肖像画は、この家に住んでいた家族のもののようだ。そこに描かれた瞳がすべて俺たちの方を見ているような錯覚を起こす。


 二階も左右に部屋があり、今度は右から見て回ることにした。

 最初は書斎だ。

 大きな本棚にたくさんの本が並んでいる。この屋敷のことが何かわかるかもしれないと手に取るが、どの本も意味不明な言葉がびっしりと書かれているばかりだった。


 次の部屋は寝室だった。

 この屋敷で暮らしていた夫婦の部屋だったのか、大きなダブルベッドがひとつ置かれている。


 部屋の奥へ踏み出すと、どこからか甲高い音が聞こえた。

 それは安っぽいオルゴールのメロディだった。どことなく不協和音のように感じる。耳をすませば、その音は布団の中から聞こえてくるようだった。


 意を決して、そっと布団をめくる。

 そこにあったのは折り畳み式のケータイ電話だった。かなり古い型のようだ。さきほどから聞こえてくるオルゴールの音は、このケータイの着信音のようだ。

 ディスプレイに「着信」と表示されている。

 俺は思い切って通話ボタンを押してみた。


『ねえ、遊ぼうよ』

 受話器の向こうから、子どもの声が聞こえた。

 くすくすと笑う声も混じっている。

『遊ぼうよ、遊ぼうよ、遊ぼうよ、遊ボウヨ……」

 通話を切ろうとしたが、どのボタンを押しても切れない。静かな屋敷の中で、その声はスピーカー越しでもはっきりと聞こえた。


「ぎゃああああ!」

 伊藤が大声で叫びながら俺の手をはたく。

 ケータイは宙を飛んで落ち、それきり動かなくなった。

 通話ボタンを押しても電源ボタンを押しても反応しない。


「おい、これで外に連絡ができたかもしれないだろ」

 俺がそう言うと、伊藤はわめくようにまくし立てた。

「やめてくださいよ、先輩! さっきのアレはきっと幽霊の声っす! あの世からかけてきてるんすよ」

「泣くなって」

「まだ泣いてないっす……ぐすっ」

 仕方なく、俺は伊藤を連れて隣の部屋へ移動することにした。


 寝室の隣は子ども部屋のようだった。

 小さな机と椅子、本棚、飾り棚、ベッドが置かれている。


「うひゃっ、うひゃあぁっ、あああああ……」

 かすれたような悲鳴とともに伊藤が腰を抜かす。

 見れば、ベッドの上に古びたアンティークドールが乗っていた。

「ただの人形だ」

 伊藤を安心させるためにそう言ってみたものの、その虚ろな瞳がこちらを見ているような気がしてならない。


 腰を抜かした伊藤の代わりに、一人で部屋の中を調べる。

 ひととおり調べても目ぼしい情報は見つからず、部屋を出ようとしたそのときだった。

 ごろり、と何かが床に落ちる音がした。

 足元に転がってきたそれは、アンティークドールの頭だった。

 その虚ろな瞳が、俺たちを見てにたぁと笑った。


「うぎゃあああああああああああああああああもうおしまいだ、何もかもおしまいだぁああああああああああああ」


 伊藤は四つん這いのまま部屋を飛び出し、廊下の奥へと逃げていく。

 俺も後を追ったが、次の部屋の扉を開けるとそこはただの物置だった。

 とりあえず戻ろうと足を踏み出した途端、床がベキッと嫌な音を立てる。咄嗟に後ずさりをしたが、遅かった。

 激しい音とともに床が崩れ落ちる。

 その瞬間、無数の手が俺たちを引きずり込むのが見えた。




 気がつけば、俺たちは一階のエントランスに倒れていた。

 懐中電灯は落としてしまったらしい。辺りは真っ暗闇だ。

「おい伊藤、大丈夫か」

 声をかけた瞬間、エントランスを青白い光が包んだ。

 そして、地鳴りのような雷鳴が響く。


「せ、先輩、あれ……」

「え?」

「う、上っす……」


 暗闇の中、伊藤の姿は見えない。

 だが、その声が震えているのがはっきりとわかる。

 言われるがまま上に視線を向けると、ふたたび雷の光がエントランスを照らした。

 シャンデリアがあったはずの場所に、首を吊るされた人間の死体がぶら下がっていた。全部で五体。大人も子どもも混じっている。

 その数は、この屋敷に住んでいた人数と同じだった。


「あ、もう時間が……」

 伊藤が言うと同時に、【GAME OVERゲームオーバー】という文字が表示された。




  ● ● ●




「だから、たぶんキッチンの中に入ったほうが良かったんすよ。あそこだけ情報がなかったし」

 そう言いながら、伊藤がハンバーガーにかぶりつく。

「そういえば階段の絵も調べなかったな」

 その横で、俺はポテトを口に放り込み、ドリンクを飲む。


 平日のショッピングモールは人もまばらで、俺たちはフードコートでまったりと反省会をしていた。


「うーん、クリアするには時間が厳しいっす」

「何度もプレイするように作ってあるんだろ」

「来月は別の新作が出るらしいから、それまでにはクリアしたいっす」

「そんなこと言って、お前、ほとんど腰を抜かしてたじゃないか」

「もー! 先輩が怖がらなさすぎるんすよ。先輩、みんなから『無敵の山田くん』って呼ばれてるんすからね」

「それ、明らかにお前が話を広めたからだろ」


 やれやれ、と溜息をつく。

 後輩の伊藤は、もうずいぶん前からゲームセンターのVRにはまっているらしい。

 しかし、周囲にはVRに興味がない者や、怖いものが苦手だという者、そもそもVRゲームなんぞにつぎ込む金があるくらいなら彼女とのデートにあてるという薄情者ばかりで、伊藤の趣味に付き合えるのは俺くらいしかいないのだ。


 このまま男二人で遊んで輝かしい学生時代を浪費してしまうなんて、それこそホラーだと思うこともある。それでも「先輩と遊んでるときが一番楽しいっす!」なんて言われれば悪い気はしない。

 まだしばらく、俺たちのホラーまみれな日々は続きそうだ。

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