第4話 いびつな器(ちょっと長めの話)

 篝火お姉ちゃんの友達の、柚子ちゃんは変わってる。 


 普通って、難しいけど、大抵の子は普通の枠の中にいる。普通っていう、丸い円の中に。でも、柚子ちゃんは円の中にいない。円から外れてる。


 例えば、篝火お姉ちゃんは、時々自分から、その線を超える。普通の線がどこにあるか、分かってて、自分から外れることがある。僕でさえ、その線は見える。自分が見ているものは、線の中のことじゃない、って教えてもらったから。


 柚子ちゃんは、多分、それが分からない。どこに線があるか、知らない。柚子ちゃんを見てるとそう思う。それで、いろいろと分からなくて、苦しくなるんだ。周りのみんなは、普通が好きだから。


 僕は柚子ちゃんが好き。

 柚子ちゃんにはウソがなくて、一緒にいるととても楽。多分、篝火お姉ちゃんもそう思ってる。お姉ちゃんが、飾れない柚子ちゃんを、時々かばうのは、柚子ちゃんが好きだから。


 普通が分からない、柚子ちゃんは、普通じゃないことも、なんの迷いや気後れもなく、受け入れるから。


 柚子ちゃんは、六年生くらいから、学校の女の子たちとうまく行かないことが増えてきた。篝火お姉ちゃんは、相変わらず友達だったけど、だんだん学校に行くのが、柚子ちゃんにとって、苦しいんだな、と僕が感じることが多くなった。


 中学はもっと大変で、柚子ちゃんは、学校に行かないことが増えた。


 ある日、僕は、うちに遊びに来ていた柚子ちゃんに声をかけた。


「柚子ちゃん、学校に行ってないの?」


 柚子ちゃんは驚いたように僕を見た。


「なんで知ってるの?おばさんから聞いた?」


 こんなときでも、篝火お姉ちゃんを疑わない、柚子ちゃん。


「お姉ちゃんが心配してたから。柚子ちゃん、学校嫌い?」

「嫌い、と違うけど、苦しい」


 柚子ちゃんは、そう言って、縁側の向こうのお庭を見た。僕は、次の言葉を待った。


「なんか、よく分かんなくて。先生も、クラスの子も、普通は、ってよく言うんだけど、何を普通って言ってるのか、分かんないんだ」


「ふうん」


「それで、だんだん相手が怒っちゃうんだけど、なにが悪かったのかも、分からない。時々、相手が、怒ったことも気づかなくて、あとで悪口言われて、納得したり、するんだ」


「柚子ちゃんは、みんなと違うもんね」


 つい、そう言ってしまった。


「え、やっぱり、白雲君でもそう思う?」

「あ、うん、ごめんね」

「…何が違うのかな〜」


 柚子ちゃんは独り言みたいに言った。


 僕は、お母さんにもらっていた、洗ったぶどうを入れたビニール袋を、柚子ちゃんの前で広げて見せた。


「一緒に食べよう」


 柚子ちゃんは頷いて食べ始める。

 しばらく黙って、ぶどうを口に入れては、その種をお庭にぷうっと吹き飛ばすことを繰り返した。


「あのね」


 僕はぶどうを口に入れて、柚子ちゃんを見た。


「柚子ちゃんは、みんなと乗っている乗り物が違うから、感じ方が違うんだよ。みんなが感じることは、あんまり、柚子ちゃんには重要じゃなくて、反対に、柚子ちゃんが大事にしたいことは、みんなは、あんまり気にしないっていうか。えーと、例えば、柚子ちゃんはちゃんとそろってるのが好きじゃない?何でも」


「うん、そろってないと気持ち悪いから」


「でも、他の人は、ちゃんとそろってなくても、そんなに気にならないの。篝火お姉ちゃんも、色々バーってやっちゃうでしょ?」


 柚子ちゃんは、考えているかのように、じっと僕を見つめた。


 柚子ちゃんの乗り物はいびつだ。体は、心を乗せる乗り物だけど、それが、みんな同じ能力を持っているわけじゃない。頭の中にある、脳だって同じ。


 柚子ちゃんの乗っている体は、ちょっとみんなと違う。うまく効かない部分と、効きすぎる部分がある、ちょっとポンコツ。


「僕や篝火お姉ちゃんは、柚子ちゃんが好きだよ。だって、すごく柚子ちゃんの中にあるものはきれいで、僕たちを安心させてくれるから」


 みんなと同じように感じて、働く体だったら、柚子ちゃんも苦しくなかっただろうな。でも、そうしたら、この人は、こんなにきれいでいられたかしら?

僕たちを安心させてくれたかしら?


「柚子ちゃんは柚子ちゃんだから、それでいいと思うよ」

「ふうん」


 大きくなったら、もう少し、体の運転も上手になるんじゃないかな?みんなとは違っても、柚子ちゃんが持ってるいいところを出していけるんじゃないかな?


「篝火お姉ちゃんは、柚子ちゃんのいいところ、知ってると思うよ」

「うん、私も篝火ちゃんのすごいところ、知ってる」

 

 僕が笑うと、柚子ちゃんも照れた感じにうすく笑った。多分、これが柚子ちゃんの精一杯。



 柚子ちゃんは、今、中学3年生。最近はすごく、組み立てる作業や数学ができる人になった。篝火お姉ちゃんは、理屈っぽい、と言うけど、柚子ちゃんはすこしづつ、自分をコントロールできるようになったのかもしれない。


 僕は、柚子ちゃんの体にある、柚子ちゃん自身の光が、外にもはみ出してくれる日を、ずっと待ってる。

 


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世界の秘密 青い星 @blueplanet

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