後編 帰ってきた悪役令嬢。

 

 私がこの国に連れ去られて何年が経っただろうか。


「傷口の化膿もなし。あとは清潔な環境でゆっくり療養すれば大丈夫ですよ」


「ありがとうございます。我々のような底辺の種族を助けてくれるなんて……貴女は我々の救世主です」


 タレ耳で犬顔の老人が頭を下げる。

 ダメだ。この集落にいる犬型の魔族達は私の好みピンポイントだ。頭を撫で回してお腹に顔を埋めてみたいという欲が……っ。


「口から血が出ていますぞ⁉︎」


「ご心配なく。唇を強く噛み過ぎただけですので」


 痛みをもって我欲を押さえ込む。弱っている患者やその家族に襲いかかるなんて医者の風上にもおけない。まぁ、私の場合はモグリなのだから。


「お前はまた何をしているのだ」


 簡易式テントの中に巨漢の男が入ってくる。深くフードを被っているが、顔の恐ろしさは隠せていない。

 私はすっかり慣れていたが、犬の魔族達はそうではないようで威厳ある低い声に尻尾が垂れてしまった。


「診察です。……とりあえずこの集落の怪我人や病人は全員診察しました。薬草も必要数は作りましたし、時間が経てば完治するでしょう」


「ククク。相変わらずの腕だ」


「義手の調子は良いですよ?」


「むぅ。そのような意味では無い」


 ほくそ笑んだり落ち込んだりと忙しい人だ。

 実際に忙しくて私なんかに構っている暇は無いはずなんだけど。


「次はどこへ行く」


「手持ちの薬や包帯も無くなったので、一度戻りましょう。今すぐ旅立てば数日中には着くでしょう」


「歩くつもりか?」


 上からこちらを覗き込む大男。見上げる側の立場になっていただきたい。

 身長差があるせいで首が痛くなってしまうのだ。


「……はぁ。わかりました。お願いします」


 じっと見つめられた私は耐えきれずに、道具や衣服の入った荷物を前に抱える。

 そんな私を大男は軽々と持ち上げ、抱き抱えた。


「コボルト達よ。もし何か用があれば城を訪ねるがいい」


 そう言い残し、大男はローブを突き破るように翼を広げて宙に浮いた。


「あ、あのお方は⁉︎」


「噂には聞いていたが、魔王様自らが!」


 あーあ。最後まで正体を隠し通すつもりだったのに、自らバラしてしまうなんて。

 こういうお茶目で子供っぽい所は相変わらず。初めて言葉を交わしたあの日のように。












「くしゅん!!」


「お身体の具合はいかがですかメェ」


 寝室のベッドの上。濡れたタオルを変えながら羊型の魔族の執事が声をかけてくれる。


「熱は下がっています。喉の腫れも収まっているので明日、明後日には完治するかと」


「それはよかったですメェ」


「よくないです。私は看病する側でされるのは本末転倒なんですから」


 ここ数日、私は風邪を引いて寝込んでいた。原因はあの魔王です。

 連れ去られて来た時よりは厚着だったけど、季節は冬。吹雪の中を猛スピードで飛ぶことがどれだけ危険なのかを是非知って頂きたい。


「当の本人はピンピンしているのですから、私だけ損をしています」


「魔王様はとても丈夫な方ですメェ。今までご病気も大きなお怪我もされていませんし、軽傷は魔法で治してこられていますメェ」


 テキパキとした動きで私を世話してくれる執事。


「でも、魔法は折れた骨や欠損は補えても病気や体質を治すわけじゃない」


 何度もの夜を語り合いながら確認していった。

 個人で強大な力を振るう魔王でも出来ることと出来ないことがある。

 たった一人で全ての魔族を救おうなんて無理な話なんだ。だから、私はその手が届かない場所に行く。

 そうすれば、彼が目指すものにもいつか……。


「ですから、ご心配なされていましたメェ。風邪も治せなくて何が魔王だ!と」


「いえ、魔王の魔法まで使って回復させるものではないから。……それに、魔法で怪我を治すには何十倍もチカラを消費するのでしょ?」


「勿論ですメェ。傷を回復させるよりも山を崩す方が楽ですメェ。回復にしても千切れた腕と体を繋げるのと新しい腕を生やすのは前者の方が負担が少ないですメェ」


 そこは初耳だった。

 では、私が再び話せるようになった時は涼しい顔をして無理していたかもしれないというのだろうか?


「では、食事の用意を致しますのでお姫様はゆっくりお休みくださいメェ」


「その呼び方はどうにかならないの?」


「クセになっていますからメェ」


 そう言って執事は部屋から退室した。

 城内の他の魔族達もそうだ。もう私の素性なんて知れ渡っているだろうに前と変わらない対応をしている。その好意に甘えて城を仮住まいにしている私にも問題はあるかもしれないけど。


 一人になった部屋でぼんやりと考える。

 下がったとはいえ、体はまだ火照っているので義手の冷たさが心地よい。

 魔王とその腹心達のお手製だ。初めは無い腕の感覚と痛みに苦しめられたが、今はこの腕じゃないと不便だとすら感じる。

 ナイフ、マッチ、ピンセット、腕力・握力は生身より強い。

 顔にある傷とこの義手は私が私である存在証明。

 元悪役令嬢でもなく、替玉の姫でもない。ただの魔王軍と付き合いのある医者もどき。

 それでいい。ただ一つある心残りを除けば。












「……というわけで休みを下さい」


「体調が戻って一言目がそれか」


 更に数日が経過。すっかり良くなった私は旅支度を済ませて魔王の前に立つ。


「どこへ行く?また新しい集落や辺境巡りでもするのか?しばらく待てば我も付いて、」


「結構です。今回は里帰りなので」


「何だと?」


 執務室で似つかわしくない書類と格闘していた手が止まる。

 眉と目尻がつり上がり、あからさまに不機嫌そうになった。

 でも、意見を曲げるつもりは私には無かった。


「もう一度言います。故郷に行きます。人間の国です」


「今更何を。あの国はお前を身代わりに仕立て上げ、惨たらしい仕打ちをしてきたのだぞ?」


「今だからこそです」


 現状、魔族と人間との長い戦争は終戦へ向けた最終調整に入っている。

 元からお互いの利益にならない争いだったし、終戦のきっかけになった事件の真相を知る人間はもういないのだ。

 義手で顔に大きな傷痕がある私を誰も悪役令嬢だとは思わないはず。髪型も違うし、服装なんて魔族由来のものだから。


「むぅ……しかしだな、」


「魔王様、姫様のお好きにされませんかメェ。わざわざ休みをいただきたいと報告しに来たということは帰ってくるつもりはあられるようです」


「そうなのか?」


「はい。用事が済んだらまたすぐに魔族領内の巡回に行くつもりです。……私物は全部この城にしかありませんから」


 令嬢時代の書物や衣類、財産や持ち物と呼べる物は全て没収されて投獄された。

 なので、私の所有物はここで医者の真似事を始めて以降の物だけ。形見も遺品も何も無い。


「いかがなさいますメェ?」


「人間達との調印式が近々ある。その時にお前も一緒に連れて帰るからそれまでなら自由にしてよい」


 執事の後押しもあってだが、渋々と魔王から外出許可が降りた。


「それじゃあ、行ってきます」


「お気をつけていってらっしゃいませメェ」


 こうして私はかつての祖国へと向かう。


 こちらへ来る時は空をひとっ飛びだったが、正規のルートは山を越え谷越え、大きな川を渡ってと時間がかかってしまった。

 旅の路銀は患者達から頂いた少額のお金と魔王本人から押し付けられたお小遣いを使わせてもらう。

 令嬢時代にはお金の価値や使い方がよくわからなかったが、執事や親しい魔族達から教わって市場の適正価格までわかるようになった。

 それと同時に、あの頃の領民達がどのレベルの苦しみを背負っていたかにも気づいた。












「やっと着いた」


 額の汗を拭う。

 軽くはない荷物を背負ってえっちらおっちら歩くこと数時間。私は生まれ故郷の屋敷についた。

 一番最寄りの町から屋敷がある場所への馬車は出ておらず、残りの旅費的にも贅沢はしておけないので周囲の景観を思い出しながら徒歩で来た。


「うん。最後に見た時のままだ」


 打ち破られた鉄柵、窓ガラスはもれなく全てが粉々に砕かれている。

 壺や皿は割れており、美術品や家具はどこかに持ち出されていた。

 廃墟と呼ぶにふさわしい我が家を探索する。野良猫達の住処になっているのかあちこちから鳴き声が聞こえた。


「…………」


 ペンキで壁に書かれた文字は領主への恨みや憎しみ。足元に散らばる紙には父の罪状が記されていた。

 それらをひとつずつ確認して室内を歩く。

 医学書や私がまとめていた薬学の資料でもあれば良かったのだが、結局は見つからなかった。

 自室で焚き火をした跡があったのだけど、誰か人が住んでいるのか?それとも私を焼き殺したいと願った誰かの腹いせなのか。


「これ以上は何もないわね」


 思い出の品は見つからなかった。かつて駆け回った庭には雑草が生え、手入れしていた花壇は枯れ果てていた。

 胸の奥がきゅっと締め付けられるように痛んだけど、今更になって取り戻すことは出来ないのだ。

 私は気持ちを切り替えて元来た道を歩く。

 歩いて、歩いて、歩き続けて最寄り町へ。そしてそこから馬車で王都へと。

 王城に近づかずに目指していたのは町外れにある広場。

 カラスやネズミ、ハエが集まって悪臭漂う場所だった。それでもこの広場は厳重な柵に囲まれている。

 中央にあるのは断頭台。刃は手入れ中なのか取り外してある。


「お父様、お久しぶりです」


 側から見れば頭のおかしい奴だと言われるかもしれないが、幸いにも処刑が行われていない今は誰も人がいない。

 だから涙を流しても構わない。我慢する必要はない。


「やっと、ここに来ることが出来ました」


 父の処刑の時は私は牢に入れられていた。

 日付も時刻も知らされず、ただこの場所で処刑が行われたことだけが知らされた。

 罪人に墓なし。首を晒された後はその辺の土に埋め捨てられるだけ。断頭台の横に生えている立派な木の根本にもしかしたら父は眠っているかもしれない。


「見た目も変わりましたし、名も捨てました」


 ここにいるのは全てを一度失った哀れな女。

 命だって失ったはずだった。


 牢獄の中で甚振られ、慰み者にされて舌を切り落とされた時に。


 魔王に連れ去られ、人間と確執のある魔族の城にやってきた時に。


 嘘を吐き続けて何の価値もない替え玉で、偽りの姫だとバレた時に。


「これからは誰かの為に、何かを守る為、救う為に生きようと思います。お父様が私を病から救ってくださったように」


 弔いの言葉を読み上げ、処刑場に一礼した。

 これが、この墓参りこそが私が里帰りを決めた理由だ。もう訪れることがない最初で最後の。


「ふん」


 処刑場から去ろうとすると、見慣れた顔の男が立っていた。


「見ていたのですか?」


「偶々見かけたから立ち寄っただけだ」


 嘘だ。その気になれば魔眼で私の居場所を探ることくらい造作もなかったはずだ。


「調印式は明日。それが終わればそのまま城へ戻るぞ」


「はい。用事も済みましたし、問題ありません」


「………ならいい」


 私にとっては大き過ぎる。でも、魔王にとってはハンカチのような布を頭に被せられた。

 折角なのでありがたく使わせてもらう。


「おい、鼻までかむな!涙を拭うまでであろうが!義手の手入れ用に使っていいかだと?油を拭くな!!そしてそれを返そうとするな!!」


 偽りの姫として側にいる時から思っていたけど、こういう時の魔王のリアクションは面白いのでこれからもからかってあげよう。











 そして迎えた調印式当日。

 人間の王族や貴族達がいる会議室で式は執り行われる。

 魔族側からは魔王と執事、それとコボルト族の戦士が数名いるだけだ。


「先日は故郷の集落を救っていただきありがとうございました!」


「救世主様……いいえ、女神様と呼ばせてください!」


「医療に携わる者として当然のことをしただけですから。そんなかしこまらないで、あと絶対にその名前で呼ばないで……恥ずかしい」


 本人達はキリッとしているつもりだろうけど、尻尾を振りながら目をキラキラさせるのはズルい。

 執事に聞いた話ではこの人選は人間側に魔族の恐ろしい印象をなるべく与えないようにとの配慮らしい。

 モフモフの犬とモコモコの羊。抱きしめたい。城に戻ったら魔王に頼んでみよう。


「それでは調印式を執り行います。……残念ながら我が国の王は空へと旅立たれてしまったので、娘である姫様にお越しいただきました」


 紹介されたのはこの国の姫。婿養子になった王子も一緒だった。

 結婚したら嫁ぐものだと思っていたので予想外。王子は二人の兄がいたとかでこの国に来た方が得だったと執事が教えてくれた。……どこからそういう情報を仕入れてくるのだろう。

 あと、私が替え玉としてすり替わった姫の容姿は確かにあの時の私に少し似ていた。それっぽい格好をすれば初対面では気づかれないのも仕方なかったのかも。


「王の死、お悔やみ申し上げる」


 白々しい顔で魔王が言う。

 王とその関係者が亡くなった時に高笑いをしていたのはどこの誰だったっけ?

 私は何も知らないが、あの連中の顔を見ずに済むのはありがたかった。特に片眼鏡の男は。


「そんなに強く握ると血が出てしまいますメェ」


 執事の蹄のような手が重ねられる。

 思い出すだけでここまで気分が悪くなるというのは、舌を切られた体験のせいか、それとも取り調べと称して行われた非道や外道な事のせいか。


「しかし、魔王様は逞しく立派なお姿です。お妃などはいらっしゃるのでしょうか?いなければ是非ともウチの娘を」


「何をおっしゃる公爵殿。そこはまだ生娘の大勢いる我が家からですな」


 順調に事が進むと、少し慣れてきたのか王族以外の貴族・重鎮達が口を開く。

 魔族が脅威ではなくなったのなら、次はその肥沃な土地や権力を狙おうというのか。つい最近まで化け物と呼ばれていた魔王に嫁がされる令嬢を可哀想とも思わないのねこの人達は。

 重鎮達の中には私の元婚約者もいた。指輪をはめているから結婚したのだろう。傷のせいでフードを深く被る私には気づいていない。


「皆さまの申し出はありがたいが、我には既に心に決めた相手がいる。お断りしておこう」


「まぁ、魔王様のお慕いしている方なんて気になりますわ」


 代表である姫が口を開く。

 ついでにニコリと貴族達を一瞥した。

 令嬢時代に経験したことがあるが、ようは余計なことを話さず静かにしろと言う事だ。

 効果は覿面で口々に話していた連中が静かになった。


「魔王様を射止めるなんてさぞ素敵な方なのでしょうね」


「うむ。賢く、料理も上手く、その上セイレーンのような歌は気に入っている。根性や度胸もあり、我ですら手を焼く始末だがな」


 ガハハと笑う魔王。

 知らなかった。この魔王にそんな相手がいたなんて。友人でもあり、上司と部下のような立ち位置の私でも気づかなかった。魔王城にいる誰かだろうか?


「素敵な方ですわ。是非、一度お会いしてみたいものです」


「では紹介しよう。此奴だ」


 そう言うや否や、魔王は深く被っていた私のフードを取り払った。


「ちょ、いきなり何を⁉︎顔を見せるのは不味い」


「この女が我の妃になる者だ」


 照明に照らされ、うっすら光る肩口から伸びる義手。鋭い爪で刻まれた深い傷跡。

 そして何より、この国にいる者なら多くが知っていそうな顔。


「貴様は!」


「何故その女が⁉︎」


「あ、あぁ!悪役令嬢!!」


 三者三様な答えが返ってき、王女は絶句した。コボルトと婿養子の王子だけが状況を理解できずに首を傾げている。


「この女を知っているのか?これは我が拾ってきた女だ。魔族を代表し、単騎で万の軍勢とやり合える我が認め選んだ女だ。褒めてやってくれ」


 意地悪な笑みで私を抱き寄せる魔王。

 何かを言いたげな連中が揃いも揃って顔を青くし、口を噤む。

 下手な口を出して怒りを買えば潰される。そうでなくとも関係悪化の原因を作れば国から見放されるだろう。


「年を越せば盛大な結婚式を執り行いますメェ。その際は皆さまをご招待しますので是非ご参加ください。魔族のおもてなしをさせていただきますメェ。おすすめは料理でございます。……食あたりには十二分に気をつけていますメェ」


 追撃とばかりに執事が畳み掛ける。

 これには王女も苦笑いで俯くしかなかった。


「書類にはサインした。今これより我々魔族は人間に襲い掛かったり暗殺を仕向けたりしない。人族も同じ条件での契約だ。では、さらばだ」


 バサっとマントを翻して会議室を出る魔王。執事やコボルト、私を含めて魔族側は退出した。

 去り際に、信じられないという目でこちらを見た元婚約者に対して口角が上がってしまったのは秘密だ。











「ところで魔王様。随分と面白いジョークでしたけど、訂正しなくて良かったのですか?」


「むぅ。まだ信じていないのかお前は?言葉で示してダメなら態度で表すか」


「………まさか本気なのですか?」


 やれやれと執事が首を振る。


「姫様。魔王様は不器用なお方ですが、これでは余りにも居た堪れませんメェ。普通、好きでもない相手を城に居座らせたり、追って旅に同行しません」


「救世主様、魔王様から求愛と好意の甘い匂いがします!」


「コボルト兵!余計なことを言うな!貴様らの役割は毒や危険物の警戒であろうが!!」


 魔王に叱られ、尻尾がシュン…となるコボルト達。

 執事は生温かい目で私と魔王を交互に見る。


「……して、どうなのだお前は。……我の…我の妻になるのは」


 照れ恥ずかしそうにコチラを見つめる魔王。

 褐色で牛のような角を頭から生やした巨漢。背中には竜種を思い浮かべる翼がある。

 魔族。人類の敵だった種族の王。恐怖の象徴であり、絶対的な力を持つ男がもじもじしている。


「私はもう貴族ではありませんし、生娘でもない。ご覧の通り傷もあり義手です。この国の平民ですら私の悪行を知っています」


「全て知っている」


「返せる物は全然ありません」


「料理と歌、医学知識があるではないか」


「どれもその道のプロに劣ります」


「今からでも高めればよい」


 ゴツゴツした魔王の手を体温を確かめながら生身の左手で持ち上げ、胸に当てる。


「こんな私でよければお側に置いてください我が魔王」


「そんな其方が愛おしいから側を離れるな。王命である」


 ニカっと笑う好きな人。私は精一杯の笑顔で涙を零しながら頷いた。

 執事とコボルト達が歓声を上げた。


「執事よ。宿の寝室に案内しろ」


「ちょっと、まだ早過ぎませんか⁉︎それにここは人間の国ですからそういうのは!」


「我が国なら問題ないのだな?なら話は早い。しっかり掴まっておけ」


 せっかちな魔王は私を抱き抱えると翼を大きく広げて飛び上がる。

 執事やコボルト達を置き去りにし、人間のお城の天井を突き破って私達は空を飛ぶ。

 落ちないようにと魔王の首元にしがみつく私とそんな私を抱き寄せる魔王。


 この時に見たはるか下の景色は一回目に比べ、まるで違う世界に見えた。

 投げやりな人生を諦めたあの頃、

 ふわふわとした気分で明日を望む今、



 このまま魔王城に戻って何があるかを考えると火照りを抑えられないのだが、同じ考えに至った魔王と見つめ合い、軽く唇を重ねておいた。






 こうして、全て失い虐げられられた悪役令嬢は替え玉として攫われた結果、魔王の妻として末長く魔族の為に尽くすことになります。

 やんちゃな子供らに囲まれ、怪我人や病人を救い続けた彼女は救世主、女神として崇められて本や石像が作られました。

 けれど、決して義手と顔の傷だけは消えずに残っています。

 これが魔王が愛していてくれている証拠だと言わんばかりに。

 人間の国では縁のある場所に石碑や墓所も建設されました。時代が変われば稀代の悪役令嬢は魔族と人間とを取り持った救いの英雄だったと書き換えられることでしょう。















 おしまい。








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全て失い虐げられられた悪役令嬢は替え玉として攫われました 天笠すいとん @re_kapi-bara

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