全て失い虐げられられた悪役令嬢は替え玉として攫われました

天笠すいとん

前編 攫われた悪役令嬢。

 

 私は貴族の娘だった。

 階級はそんなに高くなかったが、それなりの歴史と領地を与えてられてきた。


 しかし、それら全ては取り上げられてボロ布のような服を着て、手枷を嵌められている。

 石畳の冷たさを素足で感じながら歩かされる。

 その様子を眺める民衆の口からは次々と罵倒を浴びせられた。


 きっかけは私だった。

 昔から体の弱かった私のために父は古今東西あらゆる医者や薬を集め、様々な医学を試した。

 その甲斐もあって私は健康的になったが、多額の借金が生まれた。返済のために色々なことを考えた父が行き着いたのは、後ろめたい事業だった。

 日に日に家は裕福になり、二度と病にならないように栄養バランスのとれた食事や病や怪我に対する教育、可愛く着飾るための服が与えられ、高価な調度品や宝石が屋敷に増えていった。

 それらが全て領民の嘆きや悲しみだと知らずに。


 怪しんだ国からの調査や内部からの告白によって悪事は暴かれ、他の貴族との婚約は解消。父は処刑。一族は追放。

 残された私は稀代の悪役令嬢として他の者たちが同じ悪事に手を染めないよう、民衆の貴族に対して溜まりつつあった不満の捌け口として晒し者にされた。

 そんな日々は唐突に終わりを告げたが。



















「其奴があの悪女か」


 城の牢屋にいる時、王様とその側近達がやってきた。


「いかがでしょうか。この者の家は元を辿れば王家の分家。その子孫です。背丈も王女様に似ていますし、身なりさえ整えれば問題ないかと」


「じゃが、自らの事を話されれば一発でバレてしまうのでは?」


「御心配なく。この娘、取り調べの過程でうっかり喋れなくなっておりますので」


 あぁ、側にいる片眼鏡の男はあの時の……。

 不満の1つでも言ってやりたいけど、言われた通り、私の口は沈黙しか出来ない。


「それなら十分じゃろう。しばらく時間が稼げれば娘を安全な場所に匿うことが出来る」


 なんのつもりなのか、彼らは私を連れ出した。

 かつては当たり前のように着ていた煌びやかなドレスを着せられ、化粧をし、頭にはティアラとかなり厚い布のベールが被せられる。


 状況が飲み込めないまま私は城のパーティー会場へ連れてこられ、余計な動きをしないことを条件に椅子に座り、牢にいた時では考えられないような食事をした。

 両脇には腰に剣を携えた騎士がいて、逃げ出そうとすれば斬り殺される。

 ただ黙々と与えられた役割をこなしている中、大きな物音が突然響いた。


「ふん。自らが王の一族を守るにしては無様な警護だな」


 褐色で牛のような角を頭から生やした巨漢。背中からは竜種を思い浮かべる翼を広げている。

 魔族。人類の敵。


 会場にいた参加者が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う中、魔族の男は私の前に立った。


「人間の姫。確かに頂いていくぞ」


 両脇にいた私を殺すことのできた騎士は情けなく腰を抜かし、なすすべもなく私はその男の脇に抱えられて連れ去られてしまった。










 どれくらい空を飛んだだろうか。

 城も街も、かつての我が家さえも遠く離れてしまった。

 今いるのは噂で聞いていた恐ろしい魔族達の居住。その玉座に座る誘拐犯こそが悪名高い【魔王】なのだった。


「恨むなら契約に従わなかった己の父を恨むがいい」


 魔王の周囲に控える者達はどれも人間とは違う容姿をしていた。中には人間サイズのカエルや犬擬きの魔族もいる。


「クククッ。恐ろしくて悲鳴の声も出ぬか」


 高笑いをする魔王。小刻みに震える私が怯えているように見えるのだろう。

 だが、実の所は寒くてたまらない。数時間もの間、夏の薄いドレスで空の旅をしたのだ。それにこの魔王城とでも呼ぶべき場所は山岳地帯を利用した天然の要塞なのだろうが、標高が高くて寒い。

 囚われていた牢屋の方が丁度いい気温だった。


「人間の姫よ、貴様は人質だ。殺しはしないが精々、毎日を恐怖に怯えながら暮らすがよい……ククク」


 なるほど。どうやら私は王女の替え玉として利用されたのか。

 魔族と人間との因縁は浅くはないが、姫の顔すら分からないまま誘拐計画を実行するのはどうなんだろう。王様や側近達の思う壺にハマっていることにこの魔王は気づいていない。

 城のパーティーで主催者側に座り、最も高価なドレスでティアラをつけていれば間違えるのも妥当か。


 だが、いつまでも人間に動きがなければ魔族達も気づくだろう。私の役目はどこかに本物の王女が避難するまでの時間稼ぎ。そうなれば殺される。

 結局は人間の手で殺されるか魔族に惨殺されるかの違いだった。















 と、思ってました。


「人間のお姫様。今日の食事でございますメェ」


 トレーで運ばれて来たのは見たこともない食材を使った料理。大味で、最後に城のパーティー会場で食べた物とは比べ物にならないのだが、食感が新鮮で美味しい。

 牢屋で食べていたのは囚人食だったので嬉しい誤算だ。


 更に、この魔王城には天然の温泉があって毎日浸かれる。貴族の娘時代は水浴びだけでお風呂なんて週に一度くらいしか用意されていなかった。それでも贅沢だったのに、専用の浴場なんて……。


「人間のお姫様。こちらのお洋服はいかがでしょうかメェ」


 羊の魔族の執事が用意したのは沢山の衣装。

 ドレスやワンピースだけではなく、見た事ないデザインや生地の洋服がたんまりとあった。

 ファッションセンスについては人間より魔族の方が進んでいるんじゃないだろうか。


「魔族は人間と違って多様な見た目ですから。その容姿にあった服は重要なのですよメェ」


 執事はそう言って何でも用意してくれた。

 魔族の本、玩具やアクセサリーまで。城からは出してもらえなかったが、人質としては考えられないような贅沢だった。


 そんなある日、


「元気なようだな、人間の姫」


 私の部屋に魔王がやってきた。


「最初に攫ってきた頃よりも肌艶が良いと見える」


 全身を舐め回すように見られる。

 その視線が不快だったので思わず自分の腕で肩を抱く。


「おっと、そういうつもりではなかったのだがな。………実は気になることがあってな。お前がここにきてしばらく経つというのに一言も話さないというのが変だと報告があってな」


 一日、二日なら仕方がないけど、流石に不審がられたか。


「どれ、見せてみろ」


 そう言って魔王は私の顔を掴んだ。

 そして顔を近づけてまじまじと見る。


「ふむふむ……どうやら舌を怪我?しているのか。そんな所を怪我するか普通」


 口は開いていないのに見抜かれてしまった。

 聞いたことがあった、魔族の魔眼と呼ばれる不思議な目の力だろうか。


「まぁ、これくらいなら簡単か。………ほれ」


 何かを呟き、魔王が顔に手をかざすと口の中がカッと熱くなった。

 物凄い痛みに我慢出来ずに私は思わず、


「痛っ!!」


 っと声を出して驚いた。

 さっきまで感触のなかった舌が生えていたのだから。


「随分と可愛らしい声ではないか。喉の方も傷ついていたのでついでに治しておいたぞ」


「……どうして、治したんですか」


「折角の人間の人質だ。話を聞かねば勿体ないと思ってな。……前々から興味はあったのだ。人間とは代々殺し合ってきたからな。殺し方は知っていても文化や価値観については知る機会がなかった」


「それで私を攫ったのですか?」


「王族に連なる者なら近い立場として話が出来ると思ってな」


 もう一度、魔王の目を見る。

 その目には下卑びた様子はなく、未知な物に興味津々な子供のような輝きがあった。

 いつ振りだろうか、そんな視線を見たのは。


「……あまりお力にはなれませんが少しだけなら」


 いつまでかはわからないが、私は時間稼ぎのためにここにいる。

 人間の姫としているからこそ今の恵まれた生活がある。

 ならば、少しでも長く生きられる様に嘘をつき続けよう。最後まで私の死を回避させようと醜態を晒した父のためにも。










 更にまた月日が流れた。


 我ながら悪役令嬢というのは向いていたのかもしれない。だって息するように姫として振る舞い、嘘を吐き続けたのだから。

 だけど、それも今日まで。


「人間の国で盛大な結婚式が行われたらしい。別の国の王子と姫が結婚したとか。これで魔族と敵対する連中の結束力が益々強まった」


「そのようですね」


 私の部屋のソファに座る魔王。

 お茶を注いでいた執事の手が止まる。


「おかしな話だ。人間の姫はここにいるというのに」


「えぇ、そうですね」


「気になる点はあった。姫が連れ去られたというのに取り返しに攻めてくる様子が無かった。使者からは姫の生死について何度も質問があった」


「私は見ての通り、元気です」


「………お前は本物か?偽物か?」


「残念ながら偽物です魔王様」


 そう言うと、執事が悲しそうな表情を浮かべた。

 その羊顔でされるとこっちまで悲しくなるからやめてほしい。魔族では渋い顔扱いだが、私からすれば愛嬌ある顔なのだから。


「人間の様々な薬学、医学に精通していて、料理も上手く、その上セイレーンのような歌は気に入っていたのだがな………まさかこの我を騙していた偽物だったとはな」


「魔王様には随分と良くしていただきました。知らなかった魔族についてのお話はとても興味深かったです」


「これから殺されるのに随分と落ち着いているな。死が怖くないのか?」


「怖くないと言えば嘘ですが、覚悟はしていましたし。遅かれ早かれこの結末は見えていました」


「月夜の晩の笑顔も偽りだったか」


「いえ……あの時は本心からの笑顔でしたわ」


 居心地はとても良かった。

 死んだも同然だった私の心は再び輝き、病が治って外を走り回ったあの頃のような日々だった。

 貴族の娘として憧れていたお姫様のフリをして立ち振る舞ったし、二度と歌えないと思っていた大好きな曲も披露できた。


 城の中でできた友達や知人達に会えなくなるのは寂しいが、この結末こそが悪役令嬢には相応しい。

 替え玉を計画してくれた王族や側近に一度だけ感謝しよう。父や一族、私にしてくれた仕打ちは忘れはしないが。


「お前の祖国には死を伝えてやる。ひと時だけでもこの魔王を楽しませた者への褒美だ」


 そして、


 人間の姫の部屋に、


 鮮血が舞う。















『人間の国に届けられた棺には原型を留めていない肉片とティアラとドレスが送り届けられた。魔王は姫の犠牲によって魔族と人間との争いを止めると宣言した。元より利益にならない戦争に困っていた人間側は姫の犠牲を憂いながら終戦に応じた』


『一部の間では連れ去られたのは姫の偽物で、罪人を身代わりにしただけでこんな成果を得られるのはラッキーだったと喜ぶ関係者がいたとか』


『とある王と関係者が祝賀会で運悪く料理にあたって亡くなった。担当の料理人は逃亡し、崖から落ちて死んだらしい』


『魔族に殺された姫について国は実は秘匿されていたもう一人の姫君だったと発表』


『他国に嫁いだ姫は「妹がいたのは知らなかった。詳しい話は聞かされていない」とコメント。真相は亡くなった関係者のみが知る』




































「こんな所に本当に誰か住んでるんですか?」


「連中は魔族の中でも少数でな。そのせいで集落には医者もいないとか」


「それは私の出番ですね」


 魔族の国のとある場所に二つの影。

 一つは大柄で屈強な魔族の男。その背には最上位の権力を示す紋様が。


 その横を歩くのは白衣を着た魔族にしてはいささか小さな女性。顔に大きな傷跡があり、片腕は義手になっているがその表情はやる気に満ちていた。


「しかし、この我が自らこんな場所に来るとは」


「嫌なら待っていて下さいよ。ついて来てとはお願いしていません」


「お前が心配だったのだ。人間で義手のくせに医者の真似事をしてあっちこっちにフラフラと」


「腕についてはケジメみたいなものですから御心配なく。むしろ、魔法で色々な機能があって便利なくらいですね」


「………あの頃から思っていたが、逞しいなお前は」


 男は呆れたように笑う。


「誰だって追い詰められればヤケ糞で肝が太くなりますよ」


 冗談を言いながら笑顔で女も笑う。


「さて、ここからは谷を降りる。しっかりと我に掴まれ」


「………お姫様抱っこは恥ずかしいです」


「何を今更。さっさと終わらせて我が家に帰るぞ」


 男は翼を広げて空を飛ぶ。

 女は、男の首に腕を回してしっかりと抱きついた。









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