第三章 ⑤
「私が服を着ておらずとも寒くないように薪を多く燃やしてくれているのですね。赤マントさんは、お優しい方ですわ」
リジェッタに話しかけられ、赤マントがハッと我に返った。
「今の、なんだ?」
「なんだ、とは?」
聞き返すと、赤マントが喉を詰まらせたかのように身体を〝くの字〟に折った。何度も何度も言い淀み、身振り手振りを交えながらも言葉を紡ぐ。
「その、最後のやり取りはなんだ?」
「口止め料ですわ」
「な、何故だ!? なんで治療しただけで口止め料が必要になるんだ?」
まるで理解出来ないと頭を悩ませる赤マントへと、リジェッタが優しい口調で説明を続けた。
「コッセルさんは闇医者の中でも優秀で顔が利きますわ。なので、よく人に尋ねられるのです」
「……そ、それはまさか、お前を狙った連中から『リジェッタはどこにいる?』と尋ねられるということか? ば、馬鹿な。なんでそこで口を開く!? 自分の患者を売るような真似をして許されるのか!」
憤慨する赤マントだが、リジェッタの口調は努めて穏やかだった。
「それが、コッセルさんの流儀ですわ。あなたもきちんと覚えておくように。そうでなければ、足元をすくわれますわよ」
指摘され、赤マントがよろよろと椅子に腰を落としてしまった。財布に視線を落とし、肩を震わせてしまう。
「いつか、ちゃんと払う」
「構いませんわ。私が傷を負い、その傷を治すための代金だったのです。私が払うのが、道理というものですわ」
「け、けれど……」
「あなたが負い目を感じる必要などございません。それに、払ってくださる方は別にいますから」
軽くなったポーチのボタンを留め、リジェッタはドレスをそっと撫でた。
「払う、者が?」
「ええ」
そう、いる。
いや、いなければならない。
いないのなら、作るまで。
「私を狙った者達がいる。私を討とうとした誰かがいる。ならば、ちゃんとお会いしないと。会って、お願いしないといけません。だって、そうでしょう? これでは不公平ですから」
赤マントが、腹を空かせた熊と出会ったかのように総身を強張らせた。リジェッタは綺麗に笑っていた。それこそ、聖母の像を造ろうとした彫刻家が全身の毛穴から真っ黒な血を噴き出すほどの純粋な笑顔だった。窓枠に留まろうとした小鳥が、一目散に逃げ出す。空はどこまでも青かった。清々しいほどに蒼かった。
「《偽竜》。お前、もしかして〝怒って〟いるのか?」
「いいえ? ただ、今後の予定を決めたところです」
「そうかそうか。とりあえず、その笑顔はやめてくれ」
「まあ。レディとは笑うのが仕事なのですよ」
「私が知っているレディは、そんな地獄の底に溜まった泥をさらに煮詰めたようなレベルの歪みで顔を飾りはしない」
赤マントがなにを言っているのか分からず、リジェッタは表情を微塵も変えずに首だけを傾けた。
「赤マントさん」
「な、なんだ?」
「今日は天気が良いですね」
牙を剥いた狼に飛びかかられても、ここまで恐怖を覚えるか。赤マントの表情は、そんな表情だった。
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