第20話 流転の時代③ 🌼正室・綾姫の昔語り






 一方、思い出すたび、真冬の白湯のように温められる場面もあった。


 目的地すらも知らされず、荷物同然に運搬されてきた阿梅姫と蘇鉄を、わざわざ白石城の門まで出て来て迎えてくれたのは、当主の景綱と、その正室の衣斐ノ方、重長の正室の綾姫と長女の喜佐姫ら、親子孫3代に渡る片倉家の総勢だった。


 片倉家伝統の家風であろうか、招かれざる客のふたりに揃って寛大なふところを広げてくださり、その後も、いっそうの親切の限りを尽くしてくださっている。

 阿梅姫の片倉家への感謝の思いは、時間が経つにつれて深まる一方だった。


 そういえば、ある日。

 綾取りの相手をしてくれていた綾姫は「くく」と可笑しそうに口許をおさえた。


 長女の喜佐姫と並べば対の置き物のように愛嬌たっぷりの顔色は青白く、決して丈夫な体質とは見えないのに、やれ犬が犬走りを擦り抜けた、やれ猫が鼠を捕らえ損ねたといっては笑い転げる、天性の少女のように純な質の持ち主であるらしい。


「さようですか、わが殿の働きを見初められた左衛門佐さまが、敵ながら天晴れとして阿梅姫さまのお身柄を託されたと、そうお聞きになっておられるのですね?」

「え、ちがうのでしょうか?」


 思わず問い返した阿梅姫に、綾姫は可笑しみを残した口調で説明してくれた。


「太閤秀吉さまが伏見にお城を築かれたころ、お互いのお屋敷が、おとなり同士だったんですって、真田家と片倉家とは」

「まあ、そうだったのでございますか」


「かようなことを申し上げてはなんでございますが、頑固一徹で生真面目なご気性が似ておられたのか、左衛門佐さまとお義父(景綱)さまは、とても親しく交際なさっていたそうですよ」「あ、はい……」阿梅姫は相槌の打ちようがない。


「まずそのご縁があったうえで、先の戦で討死を覚悟されたとき、ご自分と同じく真面目一辺倒のお義父さまの息子であるわが殿なら、全面的に安心できると見定められ、大事な阿梅姫さまを託そうと決意されたと、さように伺っておりますよ」


 初めて聞く話に呆然としている阿梅姫に、綾姫は再び「ふふふふ」と含み笑いをしながら付け加えた。「でも、もちろん、そればかりではなかったでしょうね」


「と仰いますと?」

「道明寺から引き揚げる豊軍の殿しんがりを左衛門佐さまがつとめられたとき、相対する敵方の前線で働くわが殿の勇猛果敢ぶりを見初められたこともまた事実でございましょうね。だってほら、くくく、お舅さまばかりがお褒めになられては、わが殿の立つ瀬というものがございませんでしょう。ああ、おかしい」


 自分で思い付いた諧謔に笑い転げる綾姫に、阿梅姫も思わず頬を弛ませた。


 ――父上もご先代さまも亡きいまは確かめようもないが、両家を結ぶ古い縁と、親密な関係を紡いで来られた佳き方々に援けられて、現在のわたくしがあるのだ。


 あらためての感懐は、片倉家の一員としての覚悟を定めるうえで、阿梅姫のなかの強固な礎になった。

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