第18話 流転の時代① 🌼阿梅姫と蘇鉄の秘密





 

 元和6年(1620)4月20日(新暦5月22日)巳の刻。


 17歳になった阿梅姫は侍女の蘇鉄を伴い、白石城本丸の石段を上っていた。

 左右に丈高くそそり立つ杉並木が、密教の古刹のような趣を醸し出している。


 ――ギョエーギョギョギョ。


 どこかで仏法僧が鳴いている。

 降り注ぐ木漏れ日を眩しそうに仰ぎながら、阿梅姫がやわらかな声で呟いた。


「ほら、ブッポウソウと鳴いている。仏法僧の三宝を説くありがたい使者よね」

「そうでしょうか。わたくしにはゲーゲゲゲッゲーッとしか聴こえませんけど」


「蘇鉄の意地悪。天に召された父上や母上の生まれ変わりだと思うているのに」

「申し訳ありません。わたくしの二親ふたおやからの使いでもございました」

「でしょう?」


 蘇鉄の母親は、ひとり娘を産んで間もなく他界した。

 後妻も迎えず、男手ひとつで蘇鉄を育ててくれた父親は、早くもいまは昔となりつつある大坂夏ノ陣で、信濃上田時代から仕える主・真田左衛門佐信繁に殉じた。


 5年前に経験した苛烈な戦により揃って天涯孤独となった阿梅姫と蘇鉄は、主従というよりも、親友か姉妹のように信頼し合う、極めて親密な間柄になっている。


「ねえ、蘇鉄。今日はお昼ごはんのあと、お殿さまのお部屋をお訪ねすることになっているんだけど、あらたまって何のお話かしらねえ」

「さあ。いつものとおり姫さまのご機嫌伺いなのでは?」


「生真面目な陸奥人みちのくびとらしく、真から律儀なお方だわね。あれから5年が経つのに、いまだに気遣うてくださる。あまりにもご親切で申し訳なくなるくらいだわ」

「さようでございますね。白石の暮らしには慣れたかと、今日もまたお訊ねになるのでしょう」



 元和元年(1615)5月6日。

 戦乱の大坂城下で敵方の武将・片倉小十郎重長に保護されてから、ふたりの時間は止まったままで、手鞠遊びに夢中だった少女時代から一歩も脱け出せていない。


 身の処し方も考えつかぬほど激しい流転にさらされて、さらなる変化はご免蒙りたいという防衛的な思いが、ふたりを過去に留まらせているのかもしれなかった。



 長い石段を上りきると、城下を一望する高台に出る。

 長方形に大地を切り取った鏡のように天を映す濠を隔てて、武家や町屋の家並みがのどかに広がっている。四囲には南屏風岳、不忘山ふぼうさん水引入道みずひきにゅうどう、馬ノ神岳などの高山を背負うなだらかな里山が連なり、はるか西方には、館堀川と沢端川が名残り惜しげに袂を分かっていた。


「ここへ立つと、2月の初卯吉例日の御入城記念日の模様が思い出されるわね」

「はい、つい先だってのように」

「色とりどりの旗指物はたさしものが翩翻と翻り、それはもう賑やかだったわね」

「それもこれも、先代さま、そしてご当代さまのご人望の証しでございましょう」


 いくら親身になってもらっても、他家の厄介になりっ放しの肩身はやはり狭い。

 大恩ある片倉家の人たちの前では暗黙裡に自粛しているが、いまのように人目がないところでは主従の立場を越えた会話を交わし合う阿梅姫と蘇鉄は同じ背格好の肩を仲良く並べ、いまだに脳裡にあざやかな3か月前の光景に思いを馳せていた。

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