第2話 ヒナギク団の「ボス」、ハナ

 あ、大きい。


 目を凝らして、思わず観察する。歳の頃はやはり自分とそう変わらなさそうだ。だが半袖の下からのぞいた組んだ腕は長い。少し短めのスカートからのぞく足はすらりと長かった。それ以前にずいぶんと背が高い。その辺を歩く男性とそう変わらないくらいだ。


 格好いい、と何故か思っていた。


 クラスメイトで親友の皐月さつきも背が高く、学校では憧れの的、にされているのだが、それともまた何処か違う。皐月はどちらかというと少年的だが、目の前の少女は、女以外の何ものにも見えない。胸も大きい。だが多希子の知ってる「洋装」とは何かどこか違うような気がする。


 断髪も断髪だったが、流行の「ボップ」よりは少し長めだ。でもそれは濃い太い眉や、厚手の唇、少し大きすぎるくらいの目によく似合っている。ああ化粧してる、と多希子は気付いた。


「何だい何だい、一人に何人掛かってるんだよ」

「だってボス」


 ボスぅ? 多希子はその言葉の意味を一瞬考える。


「ちょーっと、さっきから見てたけどさあ。駄目駄目。あんた等の負けさあ。ほら良く見てみ。そこのお嬢さんの足、今にもお千穂ちほ、あんたを蹴り倒しそうだよ」


 そう言って長身の少女は足元を指さす。げ、と指された方は、顔をしかめた。


「ほら、離してやんな」


 取り囲んでいた連中は、おとなしく「ボス」の命令に従い、しぶしぶ多希子の身体からその手を離した。


「悪かったね、見境がない連中で」


 多希子は黙って「ボス」の少女を見上げた。なるほどね、というつぶやきが聞こえる。

 「ボス」の少女は手をひらひらと振った。それが合図の様に、少女達は着物の袖を振り振り、下駄の音をからころとさせながら、右へ左へと散っていった。それを見ながら、多希子は仏頂面を続けていた。そして周囲が静かになったのを見計らい、ようやく口を開く。


「いつもこんなこと、してるのかしら?」


 ふふん、と「ボス」の少女は首を傾ける。柄の悪い少女達がぞろぞろと脇道から出てきたので、通りの人々はようやくこちらを向く。今更! と多希子は唇を噛んだ。

 そんな周囲の視線をはね除けるように、「ボス」の少女は一度ぐい、と辺りを見渡す。そして短く刈った髪を何度かひっかき回した。


「いつも、じゃないけどねえ」

「嘘」


 多希子はすぐに返した。


「嘘ってなあ、お嬢さん…… そりゃ遊ぶための金を持ってひらひら銀座を歩く奴には、時々」

「いいと思ってんの!?」

「ふん。取られても別に今日明日困るんじゃないような暇な連中だよ。真面目そうな毎日せっせとお勤めに励んでるような奴からは取らないさ。そのくらいの見極めはつくさあ」

「それで私を狙ったって言う訳? 冗談じゃあないわ!」


 多希子はぶるん、と首を横に振る。


「だから見当違いだよ。あたしが最初から居たら、そんなこた、させなかったさ。だいたいあんたがいくらお嬢さんでも、そんな、一人でぶらぶらしてる時にすごい金持ってる訳ないじゃないか。持ってるようだったらよっぽどの馬鹿だけどさ。あんたはそうでもないようだし。だったら時間の無駄さ」


 はは、と「ボス」の少女は笑った。


「そういう問題?」

「まあね。やっても無駄なことはしない」

「何か違うと思うわ」


 おや、とばかりに太い両眉が上がった。


「さっきも思ったけれど、お嬢さん、あんたずいぶんと度胸があるねえ」


 目の前で指を一本立てる。どき、と多希子はその仕草に心臓が飛び跳ねるのを感じた。


「たいていの『お嬢さん』はこんなことあれば、泣き帰るもんだけどなあ」

「いけません?」

「いけなくはないさ。ただ珍しい、って言ってるんだよ」


 腰に手を当て、彼女はのぞき込むように多希子の顔をぐっ、と見据えると、付け足した。


「言っておくけど、誉めてるんだからね」

「誉め言葉には聞こえないわよ?」


 多希子は思わず苦笑いをする。


「ま、いいわ。私もう、帰らなくちゃ」

「そ。じゃあまあ、これからまた銀座でこんな風に襲われたら、こう言いな。自分はヒナギク団のハナの知り合いだ、って」

「ハナ? ヒナギク団?」

「あたしの名。磯山いそやまハナ、って言うんだよ」


 なるほどそれで団に花の名をつけているのか。だがあの白くて可憐な花を想像したら、何となくおかしくなってしまった。


「お嬢さんじゃないわ。私は一ノいちのせ多希子」

多希たきさんか。覚えておくよ」


 そしてじゃあね、と手を振ると、ハナは銀座の雑踏の中に消えて行った。

 時計台から、五時を告げる美しい音が聞こえて来た。

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