第2話


 上空から落下するような勢いで地上に向かう。


 街が見える。人の住む街が。

 その中心に城がある。あれか。

 城壁を踏み潰しながら着地。勢いよくズシンガラガラと城壁を壊して大地を踏みしめる。

 地面が揺れて、人の街の方でいくつか家が倒壊したみたい。

 どうでもいいけど。


 城の高い所に右手の爪をかけて、壁を剥がす。ガラガラと崩して、広い部屋の中で人が集まってるところを発見。

 みんな悲鳴を上げて怯えて僕を見る。


「ひぃいいいいいい!」

「きゃあああああ!」

「ド、ドラゴンだぁっ!」


 そうです。僕がドラゴンです。

 さて、1番偉い奴は、と。


「お、王を守れっ!」


 鎧をつけた人が剣と盾を構えて集まる。

 その真ん中、豪華な椅子に座って目を見開いて口を半開きにした男がいる。恐怖に固まって僕を見る。

 頭に黄金のわっかをつけて。こいつが王様か。


 息を吸ってぷうっと吹く。炎の息を。その部屋の中にいる人達が炎に包まれる。

 悲鳴に泣き声、叫び声。

 でも長く苦しませるつもりは無いから、高温で焼いて早めに死なせるようにする。


 その部屋の中の人達が全員死んで、動かなくなる。みんな炭になった。

 ようやく怒りが冷めて少し冷静になる。

 あたりの気配を探る。この城の生きてる人達はだいたい逃げ出したようだ。


 僕の報復は終わったけれど、もののついでにドラゴンの仕事でもしておこうか。

 あたりの匂いを嗅いで財宝のあるところを探す。人の城ならどこかに集めた黄金を隠しているだろう。


 城の一ヵ所から黄金の匂いがする。

 爪で壁を壊して財宝を集めた部屋を発見。

 木箱に入っている金塊。

 飾られた黄金の彫像。壁にかかっている黄金の剣。


 よくこれだけ集めたもんだ。

 純度の高い黄金を一ヵ所にまとめる。

 あぁ、さっきの部屋の王様が頭にかぶってたのも黄金か。

 溶けて落ちていたものも爪で摘まんで拾っておく。


 このままだと運びにくい。

 創物魔法『粘土』

 両手の中に現れた粘土をこねて平たく伸ばす。その粘土の上に財宝をのせて、粘土をこねてくるむ。

 財宝入りの粘土玉を両手で持って、これで僕の用事は済んだ。


 尻尾を一振りして城を壊しておく。

 バゴンガラガラと派手な音。城は壊れて瓦礫の山に。

 これでドラゴンに怯えて僕にちょっかいかけないようになってくれればいいんだけど。


 財宝入りの粘土玉を持って翼を広げて空を飛ぶ。

 人の街から離れたところまで飛んで、ついため息が漏れる。

 まったく。

 こうなるって解ってるなら、僕に手を出さなきゃいいのにね。


 しばらく飛んで沼を発見。ここでいいか。

 着地して粘土玉を地面に置く。

 他のドラゴンは財宝を住み処に持って帰って、深く穴を掘って埋めたりする。

 だけど僕は引っ越しが多い。一ヵ所に二十年と住まないから引っ越しの荷物は増やしたくない。

 財宝入りの粘土玉に火炎の息を吹く。焼いて表面を固める。


 なんだったんだろうね、あの国のあの人間達は。ドラゴン討伐隊なんて作ってさ。

 そりゃあ、ドラゴンの住み処には財宝があるって人間は信じてるとか。

 ドラゴンを殺した戦士はドラゴンスレイヤーとか呼ばれて英雄になるとか。

 人間にとってドラゴンは危険な怪物と思われてるとか、知ってるけどさ。


 僕は人間なんて食べないのに。

 肉を食べたくなったら猪とか鹿にするのに。その方が人間より美味しいから。

 食べもしないのに無駄にやたらと殺したりとかも好きじゃない。

 だから僕の住んでる山にドラゴン討伐隊とかいうのが来ても、脅かして逃がしてた。二回ほど。

 それが良くなかったのか、ドラゴンにしては甘い対応だから人間に侮られたのか。


 三回目にドラゴン討伐隊が来たときを思い出す。

 僕は住み処の洞窟の中で自動演奏機械を作っていた。

 完成すれば世界で初めての、僕の自動演奏機械。

 完璧に近い平面の円盤。その盤の上にまったく同じ長さのピンを垂直に立てて。

 苦労して作った響音棒。金属の棒は軽く叩くと音が鳴る。長い棒は低い音、短い棒は高い音。

 円盤を回転させればピンが響音棒を弾いて音が鳴るように組みつけて。

 円盤が回転し続ければ、次々と音が鳴りメロディとなる、予定だった。

 完成間近の自動演奏機械に集中して、集中し過ぎて僕の住み処への侵入者にぜんぜん気がつかなかった。


「射てぇー!!」


 え? と声のした方を見ると僕の住み処に侵入してきたドラゴン討伐隊が、僕に矢と槍を飛ばしてきた。炎と雷の魔法も混ざっていた。

 慌てて片手で顔を守って、魔法で風を起こして飛んでくる矢と槍をそらした。

 当たっても鱗で弾いてケガはしなかったけど、炎と雷の魔法があたったところは白い鱗がちょっと焦げた。


 事前に連絡も無く僕の住み処に勝手に入って、挨拶もしないで攻撃してくる。

 礼儀がなってないとか失礼だとか、そんな話にも届かないそれ以前の段階だよねこれ。

 脅かして追い払ったはずなのに諦めてなかったのか。


 前の二回で、僕が人間を殺さないように気をつけて、吠えて風を起こして転ばせたりしたのが警告だってわからなかったのか。

 だいたいこんな矢と槍で僕が狩られるはずが無いのに、それも見てわかんないのかこの人達は。

 完成間近だった自動演奏機械を見ると、矢と槍がぐっさぐさに刺さってた。これ修理不可能だ。くしゃくしゃだ。

 精度を上げるために部品ひとつひとつにかけた手間と苦労が、記憶が、思い出が、走馬灯のように。


 あ、なんか泣きそう。

 これ、キレていいよね。

 よし、キレよう。

 ここでキレなくていつキレる?

 僕が怒ったことを行動で表現しよう。


 だからいつまでも調子に乗って矢とか槍とか! 僕にポイポイ投げるんじゃないよ人間!


 群れてる人間のドラゴン討伐隊に炎の息を吹く。


「ぎゃああああああ!」

「ひゃああああ!」


 無駄に殺すのは好きじゃない、だけどやらないわけでもない。ドラゴンを怒らせたらどうなるか、学ぶ機会が必要だというなら今教えておこう。

 君達なんて僕の一息で死ぬ弱い生き物だろう。


 僕の住み処の中にコゲ臭いにおいが漂う。

 かなりの人数が消し炭になって死んだ。炎の範囲から外れていた人間達が、悲鳴を上げて慌てて外に走ってゆく。

 見下ろせば息がある兵士がひとりいる。全身火傷で動けない。近づいて胸の上から顔までを、火傷の半分を治癒魔法で治してやる。

 足の方は焼け焦げて黒くなって寝転んだまま。

 火傷の痛みと恐怖で顔をひきつらせる人間の兵士、男に聞いてみる。


「君達は何者だ? 何の目的でここに来た。責任者は、指示を出したのは誰だ? 素直に答えたらお前の身体の残り半分を治療してやる」


 脅してみれば、人間兵士の男は泣きながらぺらぺら喋る。この山でドラゴンが目撃された。町や村に被害が出る前に僕を退治するつもりだったと。

 ちょっと待て。


「僕は十年前からここに住んでる。僕の目撃情報なんて前からあるだろ? なんで今なんだ?」


 王様が代替わりして、新しい王様がドラゴン退治を思いついた。騎士の中にドラゴンスレイヤーに憧れるのがいた。あと、ドラゴンの財宝が目当てだとか。それでドラゴン討伐隊が結成された。

 人間兵士男が言うことに僕はげんなりする。


「あのさぁ。僕がここに住んで十年。この近隣の村とか町とかでドラゴンに襲われる被害とかあった? 僕はここに引っ越してから、人の住む村とか町とか襲撃した憶えはないんだけど?」


 人間兵士男も、聞いたことは無いと首を振る。


「僕を怒らせて、僕がこの国の人間皆殺しにしてやるってなったら、どうするつもりだったのさ」

「つ、妻は、町に住む妻は見逃してくれ。頼む」


 だったらなんでこんなことするのさ。

 まぁ、彼は下っ端で彼が決めたことでも無いんだろう。その人間兵士男の身体を約束どうり治癒魔法で治す。これで身体はもとどおりだろう。

 治った兵士は立ち上がり、焼け焦げた仲間の死体を見て吐きそうになっている。


「町に住む妻のとこに帰るといい。そしてドラゴンの怒りに触れた者の末路を、町の人間に聞かせてやるといい」


 と、脅かしておくと、その人間兵士男は、「助けてくれてありがとう」と怯えた声でつっかえつっかえ口にして、振り向いて走り出す。

 いや、治癒魔法で火傷を治したのは僕だけど、その前に大火傷させたのも僕だから礼を言うのは間違っている。

 と、訂正する前にそいつは走って逃げて行った。


 人間兵士男に聞いた王様のいるところ。そこに行って王様を殺そう。王様を止められなかった回りの人間も殺しておこう。

 二度とドラゴンにケンカを売らないようにしとこう。責任者にはその責任を。

 で、王様とか殺して城を壊した。ついでに久しぶりにドラゴンの仕事もした。


 財宝を奪って持ってきた。その財宝が入った粘土玉、炎の息で炙った表面がそろそろ冷えてきた。

 目の前の沼を見る、深さはかなりありそうだ。

 財宝入りの粘土玉を持ち上げて沼の真ん中目掛けて投げる。ドボンと水柱があがって粘土玉は沈んでゆく。

 人間にはこの沼の底から財宝を引き上げるのは難しいだろう。あれが二度と地上に出なければそれでいい。やることは終わった、帰ろう。


 住み処の洞窟に戻っても、目にするのは焼け焦げた人間の死体と壊れた自動演奏機械。苦労して作った僕の発明品が、ズタボロだ。

 あぁ空しい。あと、掃除するのがめんどくさい。


 引っ越ししようか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る