第3話


 西へ西へと空を飛び、森に囲まれた山の中腹。なかなか良さそうな洞窟を見つけた。

 その洞窟を使いやすくしようと改装中。

 ふんふーん、と鼻歌しながら爪でガリガリと岩を削る。こんなものかな?


 住み処としてはいい感じ。奥も広くていろいろと使えそうなところも気に入った。出入り口も広くしたから翼を天井や壁に擦ったりしない。

 ちょっと飛んで行けば滝があって水浴びもできる。

 前のところより気候は寒いのが欠点だけど。


 さて今日は作業用の机でも作ろうか。

 洞窟の奥で前の住み処から持ってきた道具を並べて。

 創物魔法『乾燥木材』


 一本角のドラゴンは変わり者。仲間のドラゴンからよく言われた言葉。

 ドラゴンはたいてい角が二本。たまに四本とか六本とかいるけど偶数だ。

 奇数本の角のドラゴンは変わり者。

 昔には三本角のドラゴンが、俺様最強伝説とか叫びながら他のドラゴンを襲ったりしたこともあるそうで。


 僕は額から1本の銀色の角がある。

 全身真っ白の鱗で爪は鋼の色。身体は他のドラゴンより少しだけ小さい。

 で、1本角のドラゴンらしく他のドラゴンが使えない魔法が使える。代わりに他のドラゴンが使える魔法で僕が使えないのもある。

 広範囲攻撃系とかぜんぜん使えない。


 僕しか使えない魔法、創物魔法。

 無から有を生み出すと言うとカッコいいけれど、単純な素材しか出せない。

 肉とか野菜とかは出せない。鉄に鋼に木材とか粘土とかガラスとかが塊で手の間に生み出せる。

 他のドラゴンからはこう言われる。


「それ、なんの役に立つの?」


 僕が知りたい。なんだろうこの魔法? と研究した。

 この創物魔法で出した素材を加工して何か作れないかと模索中。でも僕が作ったものを見て他のドラゴンは、へー、とか、ふーん、としか言わない。僕もそんなものしか作れない。

 気を使われて、


「なんだかわからないけど凄いね」


 とか言われると逆に傷つく。

 どーせガラクタしか作れませんよーだ。

 彫刻も絵画も納得できるものなんてできなかったし。ドラゴンでそういう芸術活動するのはいなくて、僕ひとりだし。

 やっぱり奇数本の角は変わってると言われたもんだ。いろいろとやってみてなかなか上手くいかない。


 ただ、絵画に挑戦したときに、キャンバスのための布を作る布織り機。あれを作ってるときは楽しかった。頭を捻って仕掛けを考えて形にする、うまくできたときは嬉しかった。

 布織り機のような目的のある仕掛けのある物を、考えたり作ったりするのが楽しいと発見した。

 だから、また自動演奏機械に挑戦しようか。そのために作業用の机から作るとしよう。

 机を作るのに釘が足りないから、釘から作ろうか。


 創物魔法『鉄』

 炎の吐息で鉄を溶かして細く形を整えて、爪で削って尖らせて。


 そんなことをしてると、洞窟の入口の方から狼の吠える声がする。気配を探るとなんか強そうなのが来てる?

 ここは静かそうな森だと思ってたけど。

 洞窟の外に出てみると、そこにいるのは白色の大きな狼。ふさふさの毛皮。その後ろには先頭の奴の半分くらいの大きさの狼の群れ。それでも普通の狼の倍くらいの大きさはある。

 魔狼の一族か。


 あれ? なんか見覚えがある。


「白いドラゴン、礼を言いたい」

「別にお礼とかいらないけど」

「それと、我ら一族この森に住んでもいいだろうか?」

「僕はここの主でも無いし。この僕の住み処に近づかなければ好きにしていいんじゃない? で、なんでこの森なの?」

「白いドラゴンが住むなら、この山は心配は無いのだろう」


 引っ越し先を探してるときにこの魔狼に会った。そのときはナワバリ争いになるかというところだったけど、


『僕はこの山には住まないよ。二年以内に噴火しそうだし』


 と言って別れた。そのときにお互いに次のいい住み処が見つかるといいね、とか言ってたものだけど。


「僕の後を追いかけてたの?」

「白いドラゴンは西に行く、と。白いドラゴンが住み処にするところなら、噴火の心配は無さそうだ」

「ちゃっかりしてるね」

「この森もなかなかよさそうだ。白いドラゴンの住むところには近づかないよう、一族の者に言っておく」

「たまに遊びに来るぶんには、かまわないよ」

「白いドラゴンには一族の危機を助けてもらった借りがある。我ら一族で白いドラゴンの役に立てることはあるだろうか?」

「いいよそんなの。それにドラゴンの僕が他の生き物に助けを求めるようなことはないよ。気にしなくていいから」

「いずれ借りは返す」


 魔狼の一族は森の中に行った。尻尾を振って。

 なんか義理固いような頭が固いような。

 山の噴火もその前兆が大きくなれば、あの魔狼なら感ずいて無事に山から離れたことだろうに。

 

 それから数日、作業机も完成してついでにヤカンとか湯飲みも作る。竈も作り必要なものはだいたい揃ってきたかな?

 精密作業用にレンズを作ろうと、ガラスを磨いて形を整えたり。

 たまに気分転換に外に出て滝で水浴びしたり、森でキノコを食べたりする。


 この地の水精霊ウンディーネ木霊ドライアドに引っ越しの挨拶などして。

 大気に満ちるマナを呼吸するように身体に取り込めるドラゴンや聖獣、幻獣に食事はさして必要でも無い。趣味のひとつというか娯楽のひとつのようなもの。


 僕の場合は何を作るかで頭を使うこともあって、これが欠かせない。

 滝で汲んだ水をヤカンに入れて竈に吐息で火を点ける。机を作った残りの乾燥木材を竈に入れる。沸かしたお湯を湯飲みに入れて木箱を開ける。あ、残り少ない。

 補充しとこうか。


 創物魔法『砂糖』

 砂糖を溶かしたお湯を飲むと、頭がすっきりするような気がする。

 甘くて美味しい。

 そんなのんびりとした毎日。


 ある日、滝で水浴びした帰り。空を飛んでいると僕の住み処に近づく人間の集団を見つける。

 また、ドラゴン討伐隊? だけど良く見ると人数も少ないし武装もしていない。

 二人の男が先頭で山刀で草をはらって八人の男が輿を担いでいる。

 輿の上には白い服を着た赤い頭の女がいる。

 何をするつもりなのか、様子を見ることにしよう。距離を取って上空から観察する。


 十人の男達は洞窟の前に輿を置く。輿の上に座る女は男達と話をしている。遠くて聞こえない。

 話が終わったのか、男達は振り返りながら山を下りて帰っていく。

 輿の上の女は去っていく男達を見て、男達が振り返ると小さく手を振っている。


 ドラゴンを倒しに来た戦士でも無くて、ドラゴンの留守にその洞窟の財宝を盗もうという泥棒でも無さそう。それじゃ何?

 洞窟の前の木に囲まれた開けたところには、地面の上に置かれた輿の上に、人間の女がひとり。


 子供、かな? まだ大人というほど成長はしてないかな?

 その女はポツンとひとり、いつまでも輿の上にいて移動する気は無い様子。

 洞窟の方を怯えた顔で見つめている。


 ……なんだか、めんどくさいことになりそうな予感。

 じっと洞窟を見つめている。あの人間の女に見つからないように洞窟の中に帰るのは無理そうなので、ゆっくりと広場に降り立つ。

 バサリバサリと翼が風を叩く音で、こっちに気がついた女が僕を見上げて、顔からは恐怖で血の気が引いてる。まぁ、そうだろうね。


 女から離れたところで地面に立つ。女の顔を見る。

 髪は暗い赤色、血のような色の赤い髪が背中まで流れている。右目は綺麗な黒い瞳。左目のほうは額から目蓋を通って頬に刃物で切られたような傷がある。左目の瞳は灰色に濁っている。


 白い飾り気の無い服に裸足。

 なんの意味があるのかわからないけど胸に色とりどりの花束を抱えている。

 女は口をパクパクさせて、何度か大きく呼吸をしてから震える声で言葉を口にする。


「ドラゴン様」


 ……ドラゴン、様ぁ?

 何を言い出すのこの人間?


「ドラゴン様。どうかふもとの村を襲わないでください。村の人を襲わないでください」


 震えて怯えながらも、一言一言しっかりと口にする。

 いや、襲う気も無いし村があるなんて知らないし。

 この山、ふもとに人の住む村があったんだ? 調べたつもりだったけど見落としてた?


「私の身を贄と捧げます。どうか村には手を出さないように、お願いします。お願い申し上げます」


 いやいや、贄とかいらないし。

 それに僕が贄を食べて『あ、人間って美味しい』とか新しいグルメに目覚めたら、そっちの方が君達にとって危険なんじゃないの?

 なんでこう、人間っていらんことに手出しするの? アプローチも間違ってない?


「ドラゴン様。どうか、非力な私達に、慈悲を。私の身を捧げます。どうか村には手を出さないでください。お願いします」

「いや、君のことも食べないし、村も襲わないから」


 はーー、ここってドラゴン信仰とかある土地なのか? 生け贄とか、そんなの喜ぶドラゴンの知り合いとかいないんだけど。


 女は目を見開いて、


「ドラゴン様が……、喋った……」


 あーのーなー、君は言葉も喋れない生き物に言葉で話しかけたっていうのか?

 それって言葉の通じない奴に言葉でコミュニケーションとろうとしたってこと?

 それってなんの意味があるの? もしかしてすごく遠回しに僕のことバカにしてんの?


 なんだかイライラしてきた。

 あと、なんか食わせとけばおとなしくなるだろって考えてる君の村の奴らも、僕をなんだと思ってんのさ?

 黄金を渡せと暴れるドラゴンはいても、食い物を寄越せと暴れるドラゴンなんているわけないだろう。

 なんなの君ら?


「僕は村を襲ったりしないし、人間を食べたりしない」


 はっきりと言っておく。ちゃんと通じてるかどうか確認しようと、その女に近づいて頭を下げて女の顔を覗き込む。


「ひ……、」


 女は息を詰めて硬直する。女がなんて返答するか、そのまま近距離で見つめて観察。

 女は何も話さない。静かな間が開く。


 小さく、ちーーーと音がする。なんの音?

 実はこの女に呪詛が仕込まれてて、近づいたり食べたりしたら発動する対ドラゴン用の罠だとか?


 警戒しながら観察してると、女の白い服の股間が薄い黄色に染まっていく。

 あたりに薄くオシッコの臭いが漂う。

 あの音はオシッコの音、だったらしい。


 なんなのこの人間、なんなのこの女。

 地上最強生物と呼ばれるドラゴンの住み処の前で、そのドラゴンの目の前で。

 ドラゴンの巣の真ん前をマーキングしようなんて命知らずな生き物は初めて見た。

 なにを考えてんの?


 いや、待て落ち着こう僕。これはあれだ。昆虫とかが鳥に食べられそうになったとき、身体から臭い体液を出して身を守る。あれと同じ、防衛機能なんだろう。たぶん。

 猪とかも解体して腸とかを出してからの方が美味しいからね。

 オシッコ臭い肉なんて食べる気無くすからね。うん。


「ドラゴン様。わ、私を贄に捧げます。村を襲わないでください。私を、食べてもいいですから」


 食べてほしかったらなんでオシッコ漏らすんだよう。

 食べてほしいならそのオシッコ洗い流して来いよう。


 ほんとにもう、なんなのこの子?

 

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