第4話 義兄にして偽兄

 ――終わるはずもなかった。


 詩音が自宅のアパートに帰って早々、家電のベルがけたたましく鳴り彼は慌て居間にあがり受話器を取り上げた。


 「もしもし?」

 「あ、?おひさー!かわいい妹ですよー?」


 あけぬけた、穢れを知らない明るい声。その声に詩音は心休まると同時に締め付けられるという矛盾めいた感触を味わった。罪悪感とは違う、居心地の悪さとでも言おうか。かわいい義妹だと思う反面、露骨な嫉妬心を口の端に乗せかけることもしばしばあった。

 電話の向こうの彼女、七夕 砂厘は詩音の戸籍上の妹だ。呪術師の名家、七夕家の一人娘で、詩音とは義妹義兄の関係だ。もっとも本人は妹として接してくるため、彼にとっては苦痛以外の何者でもないのだが。


 「最近うちに帰ってこないじゃん?なんでなんでなんでー!あたしはとっっても!お兄ちゃんに会いたいです」

 「。それは無理な話ですよ。も呪術師としての仕事で忙しいので。――というかどうやって私の家の電話番号知ったんです?」

 「もぉー。なんでお兄ちゃんはそうやって他人行儀なのさ!すっごく違和感あるんだけど」


 詩音の丁寧な口調に電話の向こうで砂厘は声を荒げた。だが、詩音の対応も間違いではない。

 七夕家は呪術師の家系の中でも名家とされる家だ。その息女ともなればである詩音が迎合するのは自然だろう。実力社会の呪術師世界にも目上目下の間柄、というのは存在する。


 「あたしはそういうかしこまった関係は嫌なの!お兄ちゃんも昔みたいに我俺の関係でいーじゃん!なのになんで家を出てったきり、そっけないのさ。泣いちゃうよ?かわいい妹が泣いちゃいますよ!」

 「そうは言われましても、下賤な私めでは砂厘様とは釣り合いが取れません。同性を名乗らせていただくことにただただ感謝するのみです」

 「むきぃー!卑屈すぎるよ、お兄ちゃん!なんでそうやってあたしを遠ざけるのさ!夏くらいには帰ってきてよ~、誠お兄様も会いたがってるし、パパだって……!」


 ごねる砂厘を尻目に詩音はただ、申し訳ありません、とだけ言って受話器を置いた。これ以上の無駄話をしても意味がない、と自分で決めつけてしまっていた。少なくとも詩音にはもう、砂厘と話すことができる勇気はなかった。


 七夕 詩音の名が指し示す通り、詩音は七夕家の人間だ。呪術師としての腕は高く、七夕家の人間だ、と外に出しても決して恥じない実力を持っている。しかし彼を含め外の呪術師は彼を「七夕家の詩音」としては認めない。

 彼が七夕家の血を引いていないから、その簡潔な一文で解決してしまう簡単な答えだ。


 呪術師は実力社会ではあるが、それと同じくらい血筋を尊重する。別に怪異と戦うために必要なものではない。長い歴史の中、権威に固執するなか身についてしまった習慣にも似た何かだ。

 特に名家中の名家、七夕家ともなれば話はより一層深刻化するというものだ。実際、自分を養子として迎える時もかなり揉めた、と詩音は聞いている。まだ生後まもない自分がなんで七夕家に迎えられたのかは不明だが、七夕家としては使える駒は多い方がいい、と考えたのかもしれない。


 雛鳥の刷り込み、のようなものだろう。

 実際四歳の頃まで自分は七夕家の人間だと思っていたのだから滑稽な話だ。わかってからは苦しかった。恨みもしたし、また憎悪もした。でも結果として自分は七夕の性を名乗り、呪術師として生きている。


 呪術師としてしか生きていけなかったか、と問われれば決してそれしか道がなかった、とも言えないのが心苦しい。

 ――結局楽な道を自分から歩んだ先にあったのが今の詩音の姿だ。


 彼に残された道は呪術師として生きる以外にありえない。一度死者に近づけば、一生死者と生者のはざまを行き交うのが古事記以来の人間の定めなのだから。


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