第五章 閻魔宮

二十八、裁 判(1)

 閻魔宮では、カワバタの裁判が

 始まろうとしていた。


 法廷の中央に君臨するのは、

 地獄の主、閻魔大王である。

 身の丈は人間の五倍ほどあり、

 威厳に満ちて、公正に人を

 裁く神であった。


 閻魔の傍らには、

 司命しめい司録しろくといった

 書記官が控え、大王を

 補佐する任に当たっていた。

 他にも、冥府の士官や

 大王の眷属といった者たちが、

 左右の壁際に控えていた。


 異教の神プルートーも、

 大王の眷属のふりをして、

 その場にこっそりまぎれこんでいた。


 大王の向かい側には、

 カワバタが立ち、

 その中間には、彼の生前の

 行いを見届けた倶生神くしょうじんが、

 左右に分かれて立った。


 かれらは人間が生まれるとすぐ

 両肩に住み着き、生涯にわたって

 善行と悪行を記録する神である。

 その名を、同名どうめい同生どうしょうと言う。


 悪行を記録する同生の傍らには、

 浄玻璃鏡じょうはりきょうと呼ばれる鏡が置かれ、

 ここに死者の生前における悪行が

 映し出されるのである。


 時刻になり、裁判が開始された。


 カワバタは、生前、

 どうしようもない小悪党であった。

 他人の傘を盗んだり、

 周囲の人につまらない嘘をついて、

 小銭を自分の懐に入れたりした。

 細々した悪行は、数えたら

 きりがないほどであった。

 

 閻魔王は、カワバタの罪を

 一通り確認し終わると、


「なにか言うことはあるか」と聞いた。

 

 傍らの書記官が閻魔に耳打ちした。


「この者は口がきけなくなって

 しまっているようです」


「それじゃあ、活を入れてやれ」


 士官が活を入れると、

 カワバタは元気が出て、

 ようやく口がきけるようになった。


 カワバタは言った。


「傘を選ぶときは、ちゃんと、

 擦り切れて埃をかぶったような、

 ゴミみたいなやつを選んでいました。

 置き忘れたにしても、捨て置いたにしても、

 どのみちゴミとして

 捨てられちまうようなもんです。

 捨てられるより、使ってあげたほうが、

 傘も喜びますでしょう? 

 あっしは、物にも魂があると思っていて、

 捨てられる物が憐れで仕方なくって。

 盗ったかと聞かれたら、

 盗りましたけど、こういう次第なんで。

 どうか穏便にご容赦ください」


 閻魔王は言った。


「おまえは、他人の

 物を盗ったと認めるのだな?」


「いえ……、盗ったというか、

 まあ、ちょっと借りただけで」


「それでは、おまえはそれを

 後で持ち主に返したのか?」


「いえ、そういうわけでは

 ないんでございますが……」


「それじゃあ、おまえが言う、

 借りるということと、

 盗むということは、

 どうちがうのだ?」


「えっと……、盗むというのは、

 自分の物にしちまうことで、

 借りるというのは、

 あくまで、他人の物を借りて、

 これは他人の物だと思って、

 使ってるってこってす。

 あっしは、傘でもなんでも、

 ずっと、これは他人の持ち物だと、

 自分に言い聞かせて使っていたし。

 だから、盗んだということとは、

 ちがうということになる

 わけでして……」


「ばかもん! そういうのを

 屁理屈というのだ」


 カワバタは、閻魔王に恫喝されて、

 縮み上がった。


「もう一度聞くぞ。

 おまえは他人の物を盗んだのか?」


「……はい、他人様のものを

 勝手に使ったという意味では、

 あっしは盗みを働きました」


 それからもカワバタは、

 よくわからない理屈をこね回し、

 罪から逃れようとあがいた。


 しかし、いかなる言い訳も

 閻魔王には通じなかった。


「おまえは罪を軽くしてくれというが、

 わしは公正なる裁判官じゃ。

 徒に罪を軽くすることもなければ、

 重くするということもない。

 すべておまえが作ってきた罪なのじゃ。

 観念し、その身に引き受けよ。


 言っておくが、誰かに代ってもらおう

 などと思うのは、無駄なことじゃ。

 たとえおまえの両親、妻や子供であっても、

 おまえ自らが作ってきた罪を、

 代わりに被ることはできぬ。

 業とはおまえ自身がしてきた

 過去の行いであるから、

 その果であるところの責苦は、

 おまえ自身が引き受けねばならぬ」



   (二十九に続く。)

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