二十五、無間地獄

 マタヨシはついに、地獄の最下層、

 無間むけん地獄までやってきた。


 プルートーは、ここでも

 マタヨシに「どうか?」と聞いた。


 マタヨシは「こんなものか」と言った。


 マタヨシの目には、

 闇の中に、青黒い広大な土地が

 果てしなく続いているだけに見えたからだ。


 プルートーは驚き呆れた様子で、


「ばかな――。わたしの目から見ても、

 ここにあるのはぞっとするほどの悪夢だ。

 あなたはなぜ、そんな

 平気な顔をしていられるのか?


 地上に渦巻く黒い火焔が、

 あなたには見えないのか? 

 あの火の勢いの凄まじさを

 あなたは肌で感じないのか?

 闇の中で焼かれ続ける人々の悲鳴が、

 あなたには聞こえないのか?」

 

 マタヨシは不審に思って、

 ホトケに「聞こえるか?」と聞いたが、

 ホトケも「いや」と首を振った。


 プルートーは言った。


「そうか――。

 あなたたちの魂が、耳をふさいで、

 あの悲鳴を聞こえなくしているのか。

 たしかにあれを聞いただけでも、

 弱い人間なら、気が狂って、

 悪夢にうなされながら、

 息絶えてしまうだろう」


 この地獄の苦は、あまりに大きすぎて、

 普通の人間には、もはや見ることも

 聞くこともできないのである。


   *


 闇夜を延々と進んで行くと、

 やがて遠くに巨大な城が見えてきた。


「あれが阿鼻あび城です」


 黒煙に煙る、七重の鉄の城は、

 幾重にもわたる鉄の城壁によって守られ、

 壁の内部には無数の黒龍がうごめいている。


 六十四の眼と、巨大な牙をもつ

 恐るべき鬼が、前庭を悠然と闊歩している。

 

 鬼の頭上には、八つの牛の頭があり、

 それぞれに十八ある角から

 赤い炎が噴出し、周囲を赤黒く

 照らし出している。


 マタヨシは呆気にとられて言った。


「あれは真実か、幻か――。

 まるで、暗い空に描かれたものを

 見ているようではないか」


 プルートーは大きく頷いて、


「わたしたちは遠くから見ているから、

 錯覚してしまうかもしれないが、

 あの鬼の背丈は、四十由旬ゆじゅんもある」


「なんと! それではあの鬼は、

 真夏の入道雲より大きいのか!?

 なんという偉大さであろう。

 かなう者などいない――。

 あの神は、あそこで何をしているのか。

 あの恐るべき鬼、無数の黒龍たちは、

 何のためにそこにいるのか。

 あの堅固な城は、いったい何を

 守護しているのか?」


 プルートーは言った。


「あれはね、護っているというより、

 閉じ込めているんですよ。

 城のぐるりに鉄の金網が見えるでしょう? 

 あれはたいへん強力な結界で、

 中のものが外に出てこられないよう、

 閉じ込めているんです。

 そして、あの鬼たちは、

 結界を解こうとする者を

 城に近づけないようにしている」


「閉じ込めているだと――? 

 いったい何を」


「すべての神々、すべての人間ならざる

 もののうちの、最も古い部分、

 とでも申しましょうか。

 

 逆を言えば、あそこでああして、

 それを封じ込めているからこそ、

 神々は神々であり、人間は人間で

 あり続けられるんです。


 煩悩中の煩悩。恐るべき悪夢。

 人間と神々が捨て去ったもの。


 最悪中の最悪。最も汚らわしい何か。

 人間にして人間ならざるもの。

 神にして神ならざるものが、

 あの中に封じ込められている」


「それがこの城の、

 この地獄の秘密だというのか」


 そのとき突然、前方から黒い何かが、

 彼めがけて突進してきた!


 マタヨシは衝撃で雲から落ちかけたが、

 ホトケとカワバタが押さえて、

 なんとかこらえた。


 いったい何が起こったのか、

 プルートーは見た。


「しまった、油断した――。

 ああ、なんということだ! 

 マタヨシの右半身は、

 黒龍に食われてしまった!」

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